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俳優:岩崎秀夫の素顔

  • 著名な政治アナリストである伊藤惇夫氏と私。
    私の好きなスケッチです。

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May 2010

Friday, 28 May 2010

企業様から注目されている演技手法によるセールスマン研修概要

1日研修の事例

<演技手法によるセールスマン研修の流れ> 

研修指導講師:俳優:岩崎秀夫 

研修期間:1日研修(9:00~20:30)(時間調整可能) 

1日コース料金:応相談 

研修希望人数:30名前後 

目的:販売のための積極的な自画像の作り方(メンタリティー)の習得 

レッスン-1 

自己紹介、稽古に臨む時の心構え、自分自身を知れ、真の演技(芝居)とは?表現とは?感動とは? 

レッスン-2 

*自分自身をすべてさらけ出す発声訓練(最大限の感情解放の訓練) 

A:発声の肉体の基礎訓練 

B:滑舌の練習 

*相手に伝わる話し方の訓練(間の取り方) 

昼休み 

レッスン-3 

*集中力の訓練:一点集中訓練 

*キャラクターのための練習:いろいろな性格づくり、またその表現練習
*顔の部分の表情作りの練習(内的な感情と表現との連結の練習) 

*イマジネーション訓練(Part-1) 

無対象動作の練習:仮想相手がわかる動作表現の試み(台本なし) 

レッスン-4 

*しぐさの実習 

*イマジネーション訓練(Part-2) 

仮想相手に対しての一人芝居(台詞と動作の融合表現) 

Thursday, 27 May 2010

私の好きな格言集(ラテン語)

Les suivants:
*Gutta cavat lapidem non vi sed saepe cadendo.
=水の滴は力によってではなく、何度も落ちることによって、穴をあける。
*Calamitas virtutis occasio est.
=災難は勇気を試す機会である。
*Gloria virtutem tamquam umbra sequitur.
=栄光は影のように美徳に従う。
*Omnium rerum principia parva sunt.
=すべての物事の始まりは小さい。
*Dum fata sinunt vivite laeti.
=運命が許す限り喜々として生きよ。
*Amici in rebus adversis cognoscuntur.
=友人は逆境において認識される。
*Difficile est tristi fingere mente jocum.
=悲しい心で冗談を作ることは困難である。
*Fides,ut anima,unde abiit,eo numquam rediit.
=信頼は、魂と同様に、立ち去った場所に二度と戻らない。
*Imperare sibi maximum imperium est.
=自分自身を支配することは最大の支配である。
*Ego nullam aetatem ad discendum arbitror immaturam.
=私はいかなる年齢も学ぶのに若すぎることはないと思う。
*Fortes fortuna juvat.
=運命は臆病者の味方をしない。(ソポクレスの言葉より)
*Barba non facit philosophum.
=うわべを飾っても中身が伴わないと魅力がない。
*Petite et accipietis,pulsate et aperietur vobis.
=求めよ、されば得られるであろう。叩け、されば運命の扉はあなt方のために開かれるであろう。(聖書の言葉より)
*Exempla docent,non jubent.
=口で指示するのではなく、身をもって模範を示せ。
*Vita brevis, ars longa.
=人生は短く、芸術は長い。(セネカの言葉より)
*Sapiens habet divitias in se.
=賢者は自分自身の中に財産を持つ。
*Memento mori.
=自分が死ぬことを覚えていなさい。
*Usus magister est optimus.
=経験は、最良の教師である。
*Nunquam periculum sine periculo vincemus.
=我々は、危険を冒すことなしに、危険に打ち勝つことは決してないだろう

Sunday, 23 May 2010

Meine geliebten Dichtungen

『懺悔』

(1)
革のコートの襟を立てながら
冬の夜道を歩いている
今日も何も楽しいことがなかった
うちでは、誰もいない部屋に帰るだけ
飲み屋の片隅で日本酒片手にいっぱい飲み干す
店を出るとき、ふと誰かが俺を呼び止めたか後ろ      
を振り向くとただの気のせいい
(2)
港の明かりが俺の心を和ませる
波間のざわめきだけが俺の心に心地よい
今頃どうしているのか、俺の子供
うちでは、一人部屋でカップラーメンを食べるだけ
映画館では、楽しくないのにただ時間を潰す
外で、カップリが寄り添っている
俺はポケットに手を突っ込みぬくもりを感じる
俺の子供はもういない、いまごろどこに
会いたくても、会いたくても、もう会えない
ただ一言『元気でいてくれ』と祈るばかり
                             (自作)

『ランプに寄す』

まだ移されることなく、美しいランプよ、
おまえはここでかろやかな鎖に愛らしく吊られ、
もはや人が訪うことのない園亭の天井を飾る。
おまえの白い大理石の皿の上には、
金緑のブロンズのきずたが縁に絡まり、
子供の群れが楽しく輪になって踊る。
すべて魅力にあふれ、なんと晴れやかなこと!
しかも、真摯のやわらかな心が形全体に注ぎこまれー
真正の匠みの産物だ。
だが誰がこれに眼をとめようか?
美しいものはしかし、
そのもののうちで浄福に輝くのだ。
 (ドイツの詩人エドワード=メーリケの詩集より)

『秋に思う』

世間ではー読書の秋、芸術の秋ーといわれていますが、
この季節は、大気は澄み、空は高く、木々は色づき、
また、夜の帳(とばり)がすっかり降りるころ、
昼間のカーテンを押しの無数の星々が天界に輝きだします、
なんと澄んだ透明な自然の静けさを感じることか、
その言葉がわかるような気がします   (自作)

『我が心の友』

夜の天界に吊るされている煌めく星々を見上げてください
貴方の心が悲しいとき、きっと温かい手のひらで貴方を優しく包んでくれることでしょう
貴方の心が寂しいとき、きっと貴方のそばに来て優しく声をかけてくれることでしょう
貴方の心が辛いとき、きっと優しい言葉で貴方を慰めてくれることでしょう
そして、貴方の心が楽しいとき、きっと貴方と一緒に手と手をつないで大空を飛び回ってくれることでしょう
私は、そっと星たちに告白しますーーー君らがこの世にいる限り、私は生きていける、ありがとう 
(自作)

私は生かされている、野の草と同じである、路傍の小石とも同じである,自然は心の鏡 (日本風景画の巨匠:東山魁夷の言葉)

偉大な音楽の芸術を愛し、研究しなさい。それは諸君に崇高な感情、情熱、思想の一大世界を開いて見せるだろう。それは諸君を精神的により豊かに、清く、完全なものにするだろう。音楽のおがげで諸君は自分の中に新しい、これまで知らなかった力を発見するだろう。諸君の目には人生が新しい色調、新しい色彩において見えてくるに違いない。(ロシアの作曲家:ショスタコーヴィチの言葉)

Meine Selbstdarstellung:自己表現

Ich denke, also bin ich.

*今日という日が終わろうとしている。でも時の立つのはなんと早いことか?今日一日振り返ってみて自分にとって悔いのないものであったろうか?できるだけ全身全霊で過ごしたつもりである。しかしながら、自分で頷けないのである。明日がまた来て、明日が過ぎるとまた同じことを繰り返し言うのであろう。多分それでいいのであろう。人生とはそういうものである。

*星が無数に高々と大空にくっついている。彼らは、寄り添いながら何かを語っているように感じられる。何を語っているのであろうか?ある星座は、自分の昔の地上での出来事を語っているのかも?僕も彼らの仲間に入れてもらって楽しい話に耳を傾けていたい。彼らを見上げる僕は今ここに。

*白梅・購買の花の時期が過ぎ、まもなく桜のつぼみが咲き出そうとしている、ある晴れた日曜日、私が道を歩いていると、小さな白い花を目にした、その花の周りのみどりの草草がなんとその花びらの白さを引き立たせていることか?それにしても僕は春が近づきつつあるこの時期が好きである、すべての生命の蘇りがあるからです、このような中に僕は潜り込んでいる。

*ある日、歩道を歩いていると歩道の上に何かが動いていたので、そちらへ目をやると2~3匹のおたまじゃくしが身悶えしていた、誰かに水のある中へ入れてくれるよう訴えているようであった、助けてあげたい気持ちになったが、やめにした、なぜならば、これがこの生き物たちの死と出会う場所でもありまた時期でもあろうから、彼らは、人間の度外視されたところの寂しいところにいる、たぶん、僕が死に遭遇するときも同じ状況になるのであろう。死と孤独は表裏一体であろう。

*図書館の窓硝子に映し出された美しく、神秘に富んだ桜の花々よ!お前たちは、なぜそんなに夢心地でいるのか?お前たちは、その華やかな美しさが、はかないものであるのを知らないのか?それに答えてお前たちが、「その次の枯れていくことを知っているからこそ、私たちは、この時期を一生懸命に美しく着飾っているんです。」という声が聞こえるようです。

*画家の村上氏の数々の絵のなんと強烈な色彩だ!あの強烈さに何かだひそんでいるのであろうか?そのらの作品の中で「オリーブの血」と題するもの、何かが他の作品と違っている印象を受けた。その絵の色彩は強烈であるが、全体のタッチが非常に「柔らかく・のびのび」としている。彼の別名が、「魂の放浪者」と呼ばれているが、それらの作品を見ていると、そう呼ばれるのがわかった気がした。

*フランスの画家キスリングの作品のタッチは、繊細であり、また鋭く、その色彩はといえば、概して暗い色を使っているように思われます。キスリングは、貧しい家庭に育っただけあって、彼の作品の題材は、世間からの目で見ると、低く卑しく暗い作品が多い。例えば、「三人の孤児」や「二人の姉弟」などである。

*この静かな闇の世界へ、まもなく朝の太陽が顔を出そうとしています、ボクは、この静かな世界で心をめぐらす、過去・現在・未来、今のボクは、このときの流れの中で生きています、人生とは、この時の中で生き、一生を終えるのでしょう、どうせ、いつの日か自分の命の終焉が来るなら、今の瞬間をもっと大切に楽しく生きたい、時が自分の好きなようにあやつれたら、すばらしいのになあ、今日もまた一日が始まろうとしています、悲しいこと、楽しいこと、苦しいことの開演です、新しい一日よ、「こんにちは」、そして、きのうの日よ、「さようなら」。

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