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Saturday, 09 February 2013

日本の国会図書館への書蔵研究論文:我が芸術論(序論)-2012年度高崎商科大学「紀要」論文採用決定稿

日本の国会図書館への書蔵研究論文

「我が芸術論(序説)」
高崎商科大学兼任教員
岩崎秀夫
MY ATTEMPT AT THE INTERPRETATION:ART
Hideo Iwasaki
What is Art? Many artists and scholars deal with the analyses or opinions of it.
One of my respectful man, TANEDA-SANTOHOKA (the great vagabond poet) was very deeply sensitive to the natural atmosphere (wind stream, river motion, sky change etc.) and symbolized it as verbal words and raised it to such an extent that the art be called. On the other hand, in Occidental world, the great composer, BEETHOVEN, he made great music works with physical & mental struggles. At any rate, I wonder if the two big artists might find out the extreme substance (art) in a mental solitude.
I, therefore, noticed that a great historical art works could be embodied by the loneliness. Also, great art works can’t be forgotten. The art can be existed beyond the times. In my case, I intend to expound that I contemplate what the art is in daily lives by my actor’s experience viewpoint. In short, the art is one transformation of the contemporary culture: it must make in a certain way contribution to the culture intensification in itself. In my feeling, the artists can get imagination, creation, and intuition owning to the power Nature, and the culture is transparent and fluid, and is like amoeba in other words. The culture is changeable and , to meet the contemporary times, the art also has to reflect the requirements of the contemporary culture on the stage mirror. So far as the art is concerned, it has to keep illuminating the existing colorful, presentable ‘RAY’ towards the culture. The art has to offer the ray to lighten on the right way of the culture proceeding.
<キーワード:光・アメーバ・自然の美>
(序文)
『演技』について考える場合、第一に考察しなければならないことは、『文化』とは何かということである。社会科学的見地からは、『文化とは何世代にもわたる人や集団の努力によって多くの人々により受け継がれた知識・経験・信念・価値観・態度・意味・階級・宗教・時間の観念・役割分担・空間の使い方・世界観・物質的な財産などすべてを包含したものである。』と言われている。この解釈を通じて、私の見解として、人間社会が存在する限り、換言すれば、一人の人間のみでは『文化』は生まれにくいものであり、自分以外の他者が存在しなければ成り立つのが困難である。但し、それは明確な概念ではなく、まるでオブラートそのものであるように思われる。つまり、先ほど述べた知識やその他の諸概念を包含する透明可視的なものであり、次の世代がその中を見通して学ぶものである。また、『文化』は、ある種の生き物のように感じられる。つまり、アメーバであり、その時代、また別の時代に外見的に変身しながら存在し続けるのである。いづれにしても、『文化』という器に先ほど述べた諸概念が存在している。『芸術』もその器の中に存在しているのである。しかしながら、芸術の存在意義は、『常に新しいものを作り上げる創造的なものであり,実在表現のLUX(光)を放射し続け文化に虹彩を与えるもの』であると確信する。
 私の専門分野の一つである『西欧の教会建築、イコノグラフィー(図像学)』では、西欧の12世紀以前のロマネスク様式と12世紀以降のゴシック様式とは、別物に見られる傾向があるが、前者が存在したから後者が生まれたと考えられる。つまり、文化の性癖である『過去から学ぶ連続性』を痛感せずにはいられないのである。フランスのラン大聖堂、アミアン大聖堂、シャルトル大聖堂等のそれらの建築物は勿論のこと、それらに付帯した壁面に彫られたイエスの姿や諸聖人の人物像またはマリア像などの彫刻作品は、『宗教的信仰の対象物としての宗教的作品』という本来の価値を認識する以上に『崇高な芸術品』としての価値をそれらに見出すのである。
 『芸術』の別の視点として、本来は、それは自己表現の顕在化であり、自己の感情の発露である。その点では、『芸術』という言葉では、本質的な意味では偏狭的な理解に陥ってしまうのであり、その言葉の一言では表現することができないものである。例えば、西欧の中世に隆盛しました『巡礼』という行為現象を考えてみても、人間は、そのときはひとつの明確な『信仰心』といわれる動機がその行為に導いたことは確かであるが、クリッシェな見方をすれば、『自己感情の表現行為』ということも言えるのではないだろうか?また、現在、アフリカやその他の文明社会から感化されていない社会圏でいろいろな集団儀式を執り行うときに付帯的要素として『踊り、衣装、化粧』の行為が、まさに『自己表現の顕在化』であり、むしろ「自己存在の確認を意識すること」という表現が適切であると思われる。
 本題の芸術の『常に新しい創造性の追及』に戻ると、模倣的・クリシェなものは排除される。つまり、現代という時間の中で所謂「古典」といわれる芸能(日本の能・浄瑠璃・歌舞等)が伝統に完全に100%制約されたものであるならば、形骸化され一般の人々からの関心事から取り残される運命にある。常に、その時代に適合するように努力し新しい要素の構築しなければならない。
諺曰く”The rolling stone gathers no moss.":流転しているものは、苔が付かない。
スタニスラフスキイの言葉を借用すると、それは『創造的芸術の追及』である。

(第1章)
 前述した『教会建築』について、『常に新しい創造的ではない』と異論を唱える人がいるかもしれないが、私が思うにはそれは皮相的な考えであり、よい芸術作品は、対象物の作品からその創造的な何かが鑑賞者の心の感受性に訴えかけて「ある創造的な力を誘発するもの」である。それこそが、『芸術の創造性』である。トルストイ曰く『一度味わった心持を自分の中に呼び起こして、それを自分の中に呼び起こした後で、運動や線や色や音や言葉で現される形にしてその心持を伝えて、他の人も同じ心持を味わうようにするところに、芸術の働きがある。芸術とは、一人の人が意識的に何か外に見えるしるしを使って自分の味わった心持を他の人に伝えて他の人がその心持に感染してそれを感じるようになるという人間の働きだ。』(『芸術とは何か』の一節から引用)(注1)。トルストイは、鋭い洞察力のある『芸術』の分析を試みているのである。つまり『相互の働きであると同時に綜合の交流』であると示唆しているのである。ロシアの偉大な大芸術家であるトルストイの文章を引用し、なお且つ私の稚拙な芸術論を比較するのは、あまりにも傲慢すぎるが、それを許していただけるならば、ある一点では、私の芸術論と関連を痛感する次第である。つまり、『教会にある諸聖人その他の登場人物を制作した当時の人々の心持と時間空間を越えてそれに感染した、または感染している、または感染するであろう鑑賞者の関連』を認めるのである。何故『時間的・空間的』という言葉を使ったかといえば、『芸術』とは、それらの枠(Der Rahmen)が存在しないのである。
 次に、芸術の『美の追求』について述べようと思うのである。『美』とはなんぞやと考察するのである。よく言われるように、「肉体的な美しさ」から定義される傾向があるように考えられる。私の『美』とはそのような皮相的な意味から言っているのではなくもっと内面的な、もっと深遠な宇宙を超越した同一性を感じるときの、言い換えれば、よりメンタルなもの、よりスピリチュアル(霊的な)な存在と接するとき『美』の存在を感じるのである。つまり、すべての虚飾が剥がされたときの「自然が作った造形物の美しさ」であり、つまりは「人間の裸体」であり、「虚飾が一切ない姿」である。自然は偉大であるとよく言われる。自然の造形した美しさは、どんなに人間がどんな努力してもかなわないものである。私は、最近考えるのは、よく『自然』という言葉を安易に使うが、意識の中で何か自分とは乖離した存在と言っているように思われる。何か人間の傲慢さを感じるのである。いつごろから我々は、そういう意識が芽生えたのであろうか?歴史的に見て、例えば、ヨーロッパではローマ帝国時代以前の社会では概して自然の中の人間生活を営んでいた。例えば、ケルト民族やゲルマン民族は、自然を畏れ敬った価値観を持っていた。それがローマ時代を境にキリスト教の影響で『人間中心主義』の見方が芽生えてしまったのである。まさに『自然無視・自然に対する畏敬の念の喪失』からの自然破壊が起こり、その流れが現在でも続いているのである。近い将来、自然からの大きな報復がなければよいと危惧するのである。その点では何か『芸術の使命』を感じてしまうのである。つまり、『芸術が自然界の伝道者にならねばならない』と信じるのである。自然は、『美の探求者』である。否、自然は、美の造形者ではなく、『美』そのものとの理解が必要である。
暁の天空を思い出してください、
朝靄の中の自然の鼓動の音色に耳を向けてください、
天空を覆う宝石のような星たちを見上げてください、
足元の昆虫たちの小さな営みを観察してみてください、
きっと『自然の偉大さ』を感じることでしょう。(著者の自作)

(第2章)
 次に『芸術の存在意義』について考えてみたいと思う。ご存知のように、現在という時代に目を向ければ、科学・技術の進歩による恩恵を多くわれわれは受けている。例えば、医学の進歩による寿命の伸長、水力発電による電気の供給、天気予報のある程度の予測、安定した食料の生産、交通機関による時間の短縮化それに伴う流通産業の効率化、コンピューターの普及による情報の迅速化、別の見方をすれば戦争武器の破壊力(科学兵器・核兵器)の未曾有の進歩その他例を挙げればいくらでもあるように科学・技術の偉大さには賞賛を惜しまない。しかしながら、何か物質的な面だけが先行している傾向があるように思われるのだ。現代の社会は、イコール『こころの貧困化』とよく言われる。現象として敵対心・猜疑心(不信)・命の軽視・他人に対する思いやり・ものに対する愛着心の軽薄・自然に対する畏敬の念の欠乏とその破壊・日本における自殺者の増大・人間同士の殺し合い・戦争・虐殺その他。なぜこのような物質面と精神面との不均衡が生まれたのであろうか?人間は、新しいもの・便利さ・合理性を好む傾向が本能的にあり、それらに魅了されてしまうのである。それの飽くなき追求により人間は『何か大きなもの』を置き去りにして邁進しているように思われる。人間の弱さといえばそれまでの話だが、そのような状況に『芸術の果たす役割とは何か』ということをいつも考えるのである。小説、悲喜劇、絵画、彫刻、舞踊、建築等が具体的な芸術といわれる分野だが、それらの果たすべき役割とは甚大であると思われる。それらは人間の内面性を追求したものであり、「社会に与える影響」を考えると責任重大である。ロシアの文豪トルストイは、次のように『芸術』を定義している。『個人を人類の生活にとっても善に向かう運動にとってもなくてはならない必要な人間の交通手段、人間を同じ心持の中に結びつけるための手段である』(注1)。その言葉の中にすべてが言い尽くされていると思われる。同じ心持を誕生させるのが芸術の使命であり、また芸術のテーマがいつも真剣に問われなければならないと思うのである。ところで、私がこの芸術論(序論)で『芸術は、文明にLux(光)を放射し文化に虹彩を与えるものである』と述べたが、最近読んでいるトルストイの『芸術とは何か』で別の見方が論述されているので紹介したいと思う。「苦しみ、快感を実際または想像で味わった人がカンバスや大理石に表わしたものを見て、他の人たちがそれに感染した場合それがまさに芸術である」(注1)。そのような観点では、絵画も教会堂の建築物やそれに彫られた諸聖人像は、芸術作品と言えるのではないだろうか?彼は言葉を続ける『見る人聴く人が創作家の受けた心持に感染すると、それで芸術になる。もし人間に、昔生きていた人たちの頭に浮かんだ思想を(言葉)で現したものを取り上げたり自分の思想を他の人に伝えたりする力がなかったとすれば、人間は野獣と同じである、また人間のもうひとつの力、(感情の領分の芸術)によって感染する力がなかったならば、人間はもっと野蛮なもの、最悪の状況としてこの人間界は、無秩序で敵同士になっていたかも知れないのです』(注1)。つまりここで、私の解釈として、ある意味で『芸術は文化の諸形態に虹彩を放射するフォース』であり、人類の永続、平和維持にはなくてはならないものなのである。
ラテンの言葉:Ommes artes,quae ad humanitatem pertinent,habent quondam commune vinculum.(人間性に関わるすべての芸術は、ある共通の絆を持っている)

(第3章)
 Est ergo pulchritudo realiter idem quod bonitas.(美は本質的には善に等しい)(von Ulrich von Strasburg)この名言は、確かにスコラ哲学概念が普及していた時代の考え方を反映したものであるが、つまり『美』はイコール『善』の考え方である。しかしながら、この名言は本質を衝いていると思われるのである。前章でも言及したように『砂漠化した人間社会のオアシスであり、人間の乾いた心への一滴の滴(しずく)であり、人間性を覚醒させる試金石であります。』。そういう観点から考えて見ると、私的な解釈として『西欧のキリスト教会建造物(バシリカ・聖堂等含)、修道院(洞窟)建造物、またその建物の内外に装飾されている彫刻群・絵画等の芸術作品群にある意味で善の象徴を感じるのである』。この建物を中心にそれぞれの時代の世界が動いていたのであり、その地域の住民はそれに精神的に拘束されたと同時にひとつの社会が形成され、善悪の規律・道徳観がフォーメションされたのである。そのような意味で、その建造物は現実的に存在したのであるが、むしろ当時の人々に精神的な拠り所として根を張ったのである。『教会建築』とは、そのようなスピリチュアルなこととして捉えているのである。現在フランスだけでも約2000の建造物が存在するということで、いかにそれぞれの地域で影響力を持ったのかと想像できる。誰でも教会堂を訪問すれば、内部の装飾の魅力(ステンドガラス色彩、正面の祭壇の上の聖人の像の崇高さ、天空を感じさせるドームの天井、柱に描かれた装飾、外壁のいろいろの装飾群)に深い感銘を受け神の存在を意識する雰囲気作りが感じられると思う。具体例の一つとして、規模は小さくまた教会堂ではないが、聖堂と言われているイタリアのラヴェンナの聖堂を取り上げてみる。イタリアの古都ラヴェンナにあるガッラ・プラチディアの霊廟は、外観は質素でファサード(注2)が灰色がかり、レンガ造りであり、タンパン(注3)には何も装飾がなく静寂の中に佇んでいる。しかしながら、一歩中に入ると、「モザイク芸術の傑作」を見ることができる。半円天井が素晴らしく、濃紺の背景に金の輪があり、白いマーガレットの花がちりばめられ、紺色の空を照らしている。クーポラ(注4)に描かれた金の星たちその中心に燦然と輝く金の十字架、クーポラの四隅に描かれた福音史家の象徴:聖マルコの獅子・聖ルカの牛・聖ヨハネの鷲・聖マタイの人間。ここを訪れる人々は、やはり同じような『神の存在』を感じたことであろう。この章で指摘したかったことは、『キリスト教会の書物や教会に書かれたラテン語の聖書の物語ではない、教会建造物から放射する芸術的な美の作品群を通じて人々に(神の存在)を意識させ、それによってその影響下にある人々に悪の道から救い出し人間として正しく生きるべき道を教え善へ導いた』という点である。昔から中世を通じて多くの人々は、ほとんどが文字の読めない文盲の人であった。壁面の刻印された聖書の物語、絵画に描かれた諸聖人伝、そしてステンドガラスに焼き付けられたマタイの山上の説教・詩篇が人々に優しく語りかけたことであろう。
ミケランジェロ曰く:『建築を多少勉強したことなしに大芸術家はありえない』。

(第4章)
 この章では、最も根本的なテーマである『宗教と芸術』の問題を取り上げて見たいと思う。ここでは難解な哲学的セオリーを述べようとは考えません。第2章で述べたように「芸術とは宇宙を超越した何かの存在と同一的なもの」と一致するように感じるのである。それは芸術イコール神的な存在かもしれない。私は、常日頃機会あるごとにいわゆる『五葉ではなく四葉の芸術』というものを鑑賞するようにしている。『芸術』の顕在化としてのクラリク教授が、その著書で『世界美・一般美学試論』で述べている『五葉の芸術』つまり味覚芸・嗅覚芸・触覚芸・聴覚芸・視覚芸を指摘している。私は、それらに自分流の諸芸を組み入れている。その五葉の中の四葉は、味覚芸としての菓子・料理、嗅覚芸としての御香、聴覚芸としての音楽、視覚芸としての絵画・演劇・建築・彫刻また散文が対象であり時間が許す限りそれらに触れるようにしている。クラリク教授と同様、現在の学者から注目されているフランスの学者ギョイヨーは「現代美学の諸問題」の中で、触覚、味覚、嗅覚が美的な印象を与える、または与えることができると述べている。(注1)
 本題に戻りますと、宗教では、現在社会には、仏教・キリスト教・イスラム教-神道その他もろもろの宗教が認められますが、私の見方として芸術という手段を通して宇宙の究極的な存在に(イギリスの偉大な歴史学者アーノルド=トインビーの言葉)接近できるように人間のemotionが飛び立つように役割を担っているのである。もう少し詳細に調べると,例えば仏教では、宗派によって多少の相違があるかと思うが、一般に読経(般若心経や法華経等)があり、太鼓やその他の音の共鳴があり、神道では祝詞があり太鼓の音がある。キリスト教の特にカトリックでは教会の基本文書である『三要文(信条・主の祈り・十戒)』を唱え、オルガンに合わせてコーラス隊が『神をたたえる歌』を合唱する。イスラム教では、モスクから町中に響き渡るコーランの調べがある。実際、私がトルコのイスタンブールを訪問したとき、その幻想的な響きに魅了された。以上から悟ったことは、響きや音によって異次元の世界へ心が惹きつけられ、まさに『何か崇高な存在』へ誘ってくれるのである。『芸術と宗教との関連性』は、人間社会が始まったプリミティブな時代から存在していたと想像する。現在でも未開な社会では神がかりな祈祷師といわれる人が神の信託を受けるために必ずある儀式が執り行われる。その挙行のために必ず舞踊や音楽が登場するのである。現存する諸宗教は、原始の原型を変形してある種の形態に作り上げられている。そして、ある意味では、それらの「芸術の顕在化」がなければ、宗教も多くの人々に影響をもたらし、また地域的な広がりを持てなかったのではないかとさえ思われるのである。むしろ、『宗教』は芸術より上位ではなく、それらの芸術の放出の最中にまさにその中に『宗教=崇高なもの=神的な存在=神』を人々は感じ取ったように理解するのがよいのではないかと思われる。このテーマに関連して、ひとつ指摘したいのは、近代音楽の未曾有の進歩を遂げたのは、Johann Sebastian Bach(1685~1750)の登場に大いに負うところがある。彼の音楽の原点は宗教音楽であり、宗教と芸術との深い関連性が浮かび上がってくるのである。偉大な哲学者であるアラン曰く:あらゆる音楽は、純粋さ、注意、服従、沈潜、平静によって宗教的である。宗教音楽はすべての人を傾聴させる。音楽的な魂は、審判の前ではきわめて些細なものにすぎぬもろもろ惨劇を超越して魂を高める。(注5)

(第5章)
 そして、私は、宗教と芸術(音楽)とに間に関連性を痛切に感じるのが、教会とパイプ=オルガンの並存である。ここで芸術の一形態の音楽に焦点を絞って話を進めようと思う。音楽でも一般に知られているジャンルとは違うマージナルな(音楽の規則性のない)もの、すなわちロム(Rom)音楽を考えてみたいと思うのである。たぶん多くの方は、『それは何ですか?』と質問すると思われるので、少しロムから説明すると、一般に定住社会圏を持たない『放浪の民』といわれ、昔から世界中を旅した民である。ドイツ語ではZigeunerといわれているが、彼らの生活は歌い踊り、手相占いをしていた。ここで注目されるのは、かれらは、野や森や川つまり大自然を愛し、自分らを『自然の王』という。以上の理由から彼らが歴史上登場することは皆無に近く、彼らについての資料を入手するのは大変難しいのである。現在では、彼らの系統をひくスペインでのGitano(ヒターノ)に彼らの存在を見ることができる。特にかれらは、音楽分野で才能を発揮して、『フラメンコ音楽』を世界中の人々へ紹介してきた。少し、フラメンコについて説明すると、スペイン南部アンダルシアのヒターノの間で19世紀半ばに生まれた。これに、フェニキア人、アラビア人、ユダヤ人の芸能とミックスされたものといわれている。カンテ(歌)、バイレ(踊り)、ギターラ(ギター)、サパテアード(足拍子),パルマーダ(手拍子)、12拍のリズムによって構成されている。フラメンコのリズムは、十数種類がある。つまり、神秘的なソレア・陽気なアレグリーアス・ブレリア・タンゴス・ティエントス・不思議な感じのシギリージャス・ファンダンゴス・マラゲーニア・ベルディアレス・グラナイーナス・タラントs・タンゴ=デ=マラガ・ファルーカ・ガロティン・ペテネーラス・セビジャーナ・グァヒーラス・ルンバスなどがある。ここで忘れてはならないことは、フラメンコの仲間の間では、「Duende」の存在を信じていることである。それは、霊であり妖怪でありその力によって舞台が展開しているといわれている。
 話をその流浪の民へ話を戻すと、この章でのもうひとつのテーマである宗教に関連した疑問として、『彼らには、宗教があるのか』ということを考えてみたいと思う。キリスト教徒に言わせれば、宗教に縁のない民であるとして無視され、また軽侮された。むしろある枠に囚われない教義を持たない、ある種の自然崇拝(アニミズム)の民族であると思われている。別の章で述べましたケルト民族やゲルマン民族との共通点が感じられる。共通点の考察を試みると、別の機会に譲るとして、とにかく、流浪の民は、森の精や川の精・太陽・星・宇宙全体を信仰している。ここで、この民の迫害の歴史を紹介したいと思うのである。彼らのヨーロッパでの出現は、15世紀の始めといわれている。何故15世紀からの登場かといえば、中世の終焉の時期で、都市の発展・貨幣経済の活発化・商業の発展の地域的広がり・利潤の追求等が見られ物的なのみならず人的な交流も活発化したのである。そのような状況で、彼らがヨーロッパと接することが可能であったと思われます。残念ながら、gadscho(軽蔑的な意味を込めたヨーロッパ人への呼び名)社会では、乞食・最下層民として位置づけられ、それはまさにユダヤ人と同じであった。彼ら流浪の民は、歴史上の記録の残ることがなく、その意味でヨダヤ人より悲しい存在でした。最近の例としては、ナチスの迫害があります。ユダヤ人迫害はよく知られていますが、その蔭に彼らの存在があったのである。

(第6章)
 ある統計資料(注6)によれば、ナチによる迫害の期間13年間の間に第二次世界大戦前は全ヨーロッパの流浪の民の人口は、大体百万~百五十万人と推定されていましたが、そのうち約40万人が殺され、しかもそのほとんどが非戦闘員であった。彼らの存在そのものは、歴史のページに載ることがなかったのである。彼らの迫害の歴史の中から生まれたフラメンコ音楽カンテの中のカルセレーラ(牢獄の歌):寝ござの上に腰を下ろし/頭起こして呆然と/思い出すのは我が母、我が子/今も元気でいるだろうか?(注7)
 多分、彼らは人間界を超越した存在であり、大自然の中に生きていたのであり、現在でも生存している。多くの人は、生活のために各地域で定住生活をして生計を立てているのが現在であるが、本質的な面では彼らは『自然界に漂流する民』であるにちがいないのである。彼らは自然と同じ過去を振り返らず、また未来を心配することより、現在の自然の流れと同じ現在を見つめていると推測されるのである。。そのような私の仮説に立てば、フラメンコ音楽のリズムのひとつである「アレグリーアス」の現在肯定的な,刹那的な享楽を表現した形式があるのが納得できるのでる。また第6章で言及しました「Duende」の存在も何か自然界の霊的なものではないのかと思われる。ここで『放浪の民とはないか?』というと通常『ジプシー』といわれている民族である。多分『あれか。観光でヨーロッパに行くとき、ジプシーに注意するようにといわれたあの連中か。あの泥棒・乞食か。』と思う方がいるかもしれないが、そのような輩(やから)は、ジプシー民族の一部である。しかしながら、多くの人は、何がしかの一定の仕事をしながら生活をしている人々である。
 自然を畏敬し崇めるアニミズムの人々は、別の章で述べましたケルトの民にも見出せる。ケルトの民は、古代ヨーロッパで活躍した印欧語族の一派である。紀元前3000年ごろ北方文化圏を形成し前2000年ごろから移動をはじめ次第に全ヨーロッパを支配していった。但し、前1世紀ごろローマ帝国に敗れた。社会の基盤は、農耕・牧畜が主であった。彼らには、自然の中に神々がいると信じ、例えば:全能の神(豊穣)・太陽の化身ルフ(技芸の神)・マトロナ(地母神)・ケルヌンノス(森の神)・マナ=ナーン(海の神)を信じ、また『輪廻信仰』を持っていた。仏教に似ているようですが、根本的な違いはケルトでは、死は怖いものではなく、またこの世に生まれ変われるという考え方で、他方、仏教では、死ぬとまたこの苦難の現在に戻ってきて永遠に苦しみが繰り返されるとの考えでその輪廻から解脱するには、修行・勤行をして悟り・涅槃の境地に達すれば救われるとの相違が認められる。つまり、私見として、ケルトは、現実肯定的であり、仏教は、現実否定的に思われる。ところで、ケルトは、古代では文字に記録を書くのは禁じられていたので、彼らの記録はないのであるが、キリスト教の支配後には芸術的評価の高い『ケズル書』や『ダウロ書』が歴史上に登場した。現在では、アイルランド・スコットランドは、昔のケルト圏であり、ケルトの自然を畏敬する気持ちが時間・空間を超えて存在している。ケルトの自然崇拝を漂わせているスコットランドの有名なネス湖があり、怪獣伝説で有名なところである。参考までにその湖のことは、『Loch Ness』といわれ、意味は『ネスの穴』と現地では翻訳されている。
アニミズムは、別に外国だけのものではなく、日本でも神道は、まさに自然崇拝から生まれたのである。現在でも、日本の各地の神社には、必ずといっていいほど神社を囲むように必ず「森」がある。また、本来の神社の建物にも神の姿があるのではなく、三宝があるだけで大気の空気の中に「神」そのものが存在しているのである。また、日本では大木が神木とみなされ、高い山々を神が宿る霊山として崇められている。旅をしながら、自然を深く愛した多くの旅人がいました。日本では、一遍上人・空也・松尾芭蕉、近代では、放浪の詩人と謳われた種田山頭火・高群逸枝等。彼らは、それぞれに明確な目的を持っていたが、自然の懐に分け入り彼らは芸術性の高いいろいろの作品を遺している。ここで放浪の詩人である種田山頭火の作品をひとつ取り上げてみたいと思う。『雑草風景』(注8) =ある日は人のこひしさも木の芽草の芽/人声のちかづいてくる木の芽あかるく/伸びるより咲いてゐる/葦のそよげば何となくひとを待つ/ひとりたがやせばうたふなり/花ぐもりの窓から煙突一本/ひっそり咲いて散ります/枇杷が枯れて枇杷が生えれひとりぐらし/照れば鳴いて曇れば山羊がいつぴき/空へ若竹のなやみなし/身のまはりは葦だらけみんな咲いてる/ころり寝ころべば青空/何を求める風の中ゆく/葦を咲かせてそしててふちよをあそばせて。
 話がアニミズムに偏ってしまったが『宗教(自然崇拝の信仰)による芸術の創造への流れ』を痛感するのである。別の章で述べたように『芸術の本来の姿が自然美』であると確信するのである。ジプシーたちの音楽に偏見を持たずに耳を傾けてほしいのである。ケルトの音楽を傾注してほしいのである。そして、日本画の巨匠:横山大観の絵画の中に『自然の美』を見つけ出してくれることを切望するのである。ところで、何故にキリスト教を取り上げないのかと不思議に思われるが、残念ながら、その宗教の中に「自然崇拝」の考え方、作品が見当たらないのである。この宗教は、人間中心で自然も人間の手の中にある考えで中世の絵にはその世界が描かれているのみである。本来、その宗教は砂漠から生まれたものであり、ローマ帝国時代にヨーロッパに入ったものである。勿論、自然謳歌の観点からではなく、一つの宗教芸術作品としてみた場合、歴史上すばらしいものが創造されているのは認める。教会建造物としてのイタリアのバチカン市国のサンピエトロ大聖堂、アッシジ、ロレット、パドヴァ、イベリア半島のサンディアゴ=デ=コンポステラ、フランスの聖マルタン=デュ=カニグー修道院、ルルドやリジュ、中世末期最大の巡礼地のサン=ミシェル=ド=モントンブのモン=サン=ミシェル、ベルギーのモンテギュ、ルクセンブルグのエヘテルナハなどがあり、彫刻では、聖母と東方三賢王(象牙浮彫)、フランスのコンクにある聖ソフィア教会の壁面「最後の審判」、シャルトルの教会の「訪問のマリアとエリザベート」、ドイツのシュトラスブルグにある「預言者」その他。前記に列挙した通りすばらしいキリスト教の世界の作品が数多くある。それらキリスト教の建築や絵画等の芸術作品には「自然崇拝」の作品が一つも見出せないのである。確かに、キリスト教の芸術に果たした役割は、測り知れないものがあったのは認める。
次の2人の巨人の名言を紹介する必要がある。トルストイ曰く:社会の宗教心は、まるで流れる河の方向のようなものだ。河が流れていれば、その流れていく方向がある。社会も生活していれば、その社会のすべての人が考えても考えなくてもその進んで行く方向を示す宗教心がある。だから宗教心はそれぞれの社会にいつでも出ていたし又いまでも出ている。芸術に表わされる心持はいつでもその宗教心によって価値をきめられて来た。(注1)
 また、アラン曰く:あらゆる音楽は、音楽が欲しかつもたらす純粋さ、注意、服従、沈潜、平静によって宗教的である。本来の意味における宗教音楽は、より厳しいもので、外部からの支配ということを一層問題にする。(注5)

(第7章)
 広い自然界の時間のスパンから見れば、人間の存在した期間はつかの間の期間であり、自然界から存在していなかったものとして無視されるのである。もし、我々人間が、カントの言う「宇宙律」、また私の言葉で言えば「リズム」を意識的であろうと無意識的であろうと、それを撹乱しようとしたとき、自然界の「元の自然の状態」に戻そうという、まさにInvisible Handが働くのは必定である。人間は、聖書で言うところの「知恵」を授かってしまった結果、自然の状態ではいられなくなり常に新たな部分を何世代にも渡って付け加える衝動に追い立てられてきたのである。「善的なもの」と「悪のもの」との区別がなく進歩・前進のために脇目も振らずに邁進し、それに気がついたときには、覆水盆に帰らずの喩えのようにあとの祭りになってしまうのである。それが人間の歴史では繰り返されたのであると思われる。例えば、鉄器の発明の事例で理解する必要があろう。それによって、鋤・鍬の発展をもたらし農耕生産量の飛躍的増大に結びつき、自分らの食べる以外の余剰部分が生じ売買の考えが生まれたのである。その鉄器の発明によって広い意味でのヨーロッパ中世の閉鎖的な社会構造の崩壊であり、同時に近世の幕開けの道が開かれたといっても過言ではないのではないかと思われる。しかし、他方その発明により、「石」や「木」で作られた戦争の武器がそれに取って代わり、以前よりより多くの人々を殺戮すること可能にしてしまったのである。人間の進歩への探究心は止むことを知らず、核融合の発明により輝かしい未来が見えてきたが、同時に人類を破滅へ導くことを可能にしたのである。また、我々は、過去に自分の都合主義の下に自然を破壊し続けたし、現在でも蛮行が進行しているのだ。ヨーロッパ中世は約1000年の期間といわれているが、いろいろの面では窮屈な閉鎖的な拘束された社会であり、その初期に「大自然に対する」尊敬の感情、畏敬、崇拝の気持ちが存在していたと言われているのである。ヨーロッパの多くの部分は、黒い森に覆われ人間は身を寄せ合ってその森に周囲を囲まれて生活をしていたと思われる。そのような状況の中から生まれた感情なのである。山・森・川・動植物・太陽・星々。そこには「自然と人間との共存」の考えが存在していたのである。「森の妖精物語」もそのような中から誕生したのである。しかしながら、人間の中心主義の宗教中世を支配していたキリスト教の影響の下に人間の活動範囲を広めるために次々に自然を破壊することを推し進めたのである。人間の欲求のままに自然が蹂躙され続けたのである。

(結章)
 いくつかの歴史上の事例として取り上げれば、ある文献(注9)によれば人類が文字(楔形文字で書かれた)を使用しバビロニア時代に(紀元前2000~1180年頃)書き残した最古の物語「ギルガメシュ叙事詩」によると、物語の主人公ギルガメシュ王(実在の王)は、自分の都市建設のために土器を焼く燃料のために木(材木)が必要であった。「あの森に行くと祟りがある」という人々の警告を無視してレバノンスギの森を伐採し、なおかつ半身半獣森の神・フンババを殺してしまったのである。王は、「この森を破壊し、ウルクの町を立派にすることが、人間の幸福になるのだ」と高らかに歌い上げたのであった。青銅の手斧という文明の武器の前にフンババは敗れたのである。この作者は、森を破壊した後には砂漠化が引き起こされることを知っていたことが推測される。4000年も前からメソポタミア周辺の森はすでに破壊されていた記録がある。現在では、メソポタミア地域は、広い範囲に砂漠化になり、人間が生存できる環境がごく限られてしまったのである。クレタ島のミノア文明を崩壊させた原因は、地中海の小島サントリーニ島の火山噴火と一般に言われているが、B.C.1700年ごろ大地震によるクノッソスの宮殿の崩壊の再建のために森の資源を使ったのである。その結果「森の破壊」は土壌の劣化をもたらし、何も作物が育たない土壌になり、ミノア文明の滅亡の最大の原因になったのである。現在のクノッソス周辺の山々は、ハゲ山ばかりだそうである。また、ミケーネ文明を同じような様相を呈していたのである。人間は、生きている限り、自然を破壊し続けなければならないのか?そういう性(サガ)なのかと考える。ミノア文明やミケーネ文明は地域的の局限されたものであるが、現在では、地球的規模で進んでいる現象のである。また、現在では、科学・技術の進歩により、遺伝子操作・動植物に対する人工的な操作が実践され、また生命体のレプリカの創造が試みられ、入ってはいけない領域まで踏み込んでしまったのである。人間が、このままの状態で未来へ邁進すれば、「自然のリズムの報復」が起こり、前章で言及しましたように、元の状態へ戻そうとする力が働くことを危惧しているのである。そして、自然が元へ戻すことが不可能と判断した場合、「リズムは自ら人間を含めてすべての存在を一緒に消滅させようとする作用が働くのではないか」と懸念して止まないのである。我々人間は、至上主義・傲慢さを捨て、もう一度冷静に・真剣に「大宇宙のリズム・呼吸」を見つめ、賢く行動するすることを切に望む次第である。
 結論として、私は『そのような状況で芸術には何ができるのか?』自問するのである。芸術が、我々人間を覚醒させるには、『自然』の芸術による表現・顕在化を描写し続けることなのである。
 宗教家であるが、芸術の面でも大きな影響を与え続ける人物たち:道元、空海、アッシジの聖フランチェスコ、また俳人:松尾芭蕉、『日本風景論』著者:志賀重昂、天才ピカソその他の偉人から、また現存の世界の有形・無形遺産から、きっと多くの指針を我々人間が学ぶことができると信じる次第である。特に、「日本風景論」では「足許から一握りの土をすくって、隣人の前に突き出し、この土の匂いを、どうおもふと訊ねたとき、隣人は、セメンかコンクリートでなければ文明開化の土でないと、ふだん妄信しているから、そんな土は、汚いと顔をそむける、いづくんぞ知らん、この土は、富士の白雪の融けて流れた土である、こんな美しい土が、世の中にあろうか」(注10)。その文章から、自然の美の礼賛の声が聞こえてくるのである。
 最後に、それぞれの芸術家が、社会的、否、人類の命運を担っている気概をもって艱難辛苦の道を邁進することを期待するのである。
 次の名言を忘れずに前進するのだ。
私の好きなラテン語の名言:Gutta cavat lapidem non vi sed saepe cadendo.(注11)

 日本の『古事記』曰く:草や木がそれぞれに言葉をしゃべり、国土のそこここで岩や、石や、木や、草の葉がたがいに語りあい、夜は鬼火のようなあやしい火が燃え、昼は群がる昆虫の羽音のように、いたるところでにぎやかな声がしたー。

『我が心の友』
夜の天界に吊るされている煌めく星々を見上げてください
貴方の心が悲しいとき、きっと温かい手のひらで貴方を優しく包んでくれることでしょう
貴方の心が寂しいとき、きっと貴方のそばに来て優しく声をかけてくれることでしょう
貴方の心が辛いとき、きっと優しい言葉で貴方を慰めてくれることでしょう
そして、貴方の心が楽しいとき、きっと貴方と一緒に手と手をつないで大空を飛び回ってくれることでしょう
私は、そっと星たちに告白しますー君らがこの世にいる限り、私は生きていける、ありがとう 
(著者の自作)

私は生かされている、野の草と同じである、路傍の小石とも同じである,自然は心の鏡 (日本風景画の巨匠:東山魁夷の言葉)

自然は、芸術の大先生である。ありがとう!

(脚注)
(1) トルストイ『芸術とは何か』(河野與一訳)岩波文庫、
1958年、18P.、61P.
(2)ファサード(façade)は、建築物の正面(デザイン)である。フランス語に由来し、英語の faceと同根。最も目に付く場所であり、重要視される。
(3)タンパンティンパヌム(tympanum, (複)tympana、(仏語読み)タンパン)とは、建物入口上にあり、まぐさ(横木、リンテル)とアーチによって区画された装飾的な壁面のことで、半円形か三角形をしている。しばしば彫刻などによって飾られている。ギリシャ・キリスト教建築においては、ティンパヌムには宗教的情景が描かれているのが通例である。
(4)。クーポライタリアの教会堂のドームに対しては、イタリア語のクーポラ(cupola)という呼び方が用いられることがある
(5)アラン「諸芸術の体系」(桑原武夫訳)岩波書店、1978年、171p.
(6)相沢 久「ジプシー」(漂泊の魂)講談社現代新書、昭和55年、172p.
(7)パセオ編集部(飯野昭夫)「フラメンコへの誘い」晶文社、1989年、91p.
(8)種田山頭火『雑草風景』H/Pから引用
(9)安田喜憲「森と文明の物語」(環境考古学は語る)ちくま新書、16~17p.
(10)志賀重昂『日本風景論』岩波文庫、8p.
(11)(ラテン語の日本語訳)水滴は、岩に力によってではなく、何度も落ちること
    によってあけることができるのである。

<参考文献>
スタニスラフスキー(千田是也訳)「俳優の仕事」(第一巻~第四巻)理論社
トルストイ「芸術とは何か」岩波文庫
アラン(桑原武夫訳)「諸芸術の体系」岩波書店
志賀重昂「日本風景論」岩波文庫
安田喜憲「森と文明の物語」(環境考古学は語る)ちくま新書
「古事記」(倉野憲司校注)岩波文庫

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