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Thursday, 22 March 2018

私の研究ノートです。

*この文章の中には、図像等が省略されています。なぜならば、このブログでは掲載ができないのです。ご了承ください。
*この論述については、ある学会で発表しましたところ自分の専門外の研究は慎むべきとのご意見を諸先生方から頂きましたが、私自身どうしてもこのテーマを自分なりに研究したいので、このようなブログの欄をお借りして記述しています。これからもこのテーマを継続する所存ですので、興味のある方は、引き続きご購読をお願い申し上げます。最近修正と新規の資料を加筆しました。

人類は、ウイルスに対抗できるのか?
 
先住民族から学ぶ知恵とは?

What is the wisdom of native people against the virus?

Abstract

 I would like to investigate the cause of
the SARS & the New-style-influenza(
注1) by virus(pathogen), and analyze the
effect over the human history
 from the historical,
pathological, immunological, ecological viewpoints. Also, I intend to expound
the virus structure. I look over human beings susceptible to the virus, and, as
a result of the virus being damage to us, a number of civilizations and
indigenous habitants disappeared from the earth
Sumerians, Aztec Indians, Alexander the great, Amerindians, Inca Empire,
Indians, Roman Empire etc.
. In connection with
virus, I grove into the reasons it had been exterminated. Therefore, I couldn’t
help but researching to focus on the immunity function. Genetically, humankind did
not have the resistance against any virus. Additionally, according to Rachel Carson,
as a marine biologist, we can only be resistant to different virus (environment)
to take hundreds or even thousands of years comparing with very short terms of
virus. (
注2) 
Can we, Homo sapiens, find out the surviving way in future?
We may resist the virus and overcome it through native people’s wisdom to cope with
the virus.

Key words:世界的感染worldly contamination, overpopulation,人口過剰,
ウイルスvirus

 

1.現状と問題定義

人間の歴史が人間同士から作られたのでなく、その時代の自然現象やその時のウイルスの感染が、歴史と歴史の転換期に大きな影響を与え、世界史(人類史含)を形成したのではないのか,また人類はそのウイルスを撲滅できるのかの仮説に立って、これから自然現象と感染症の一つである最近の(2010年前後)SARS/新型インフルエンザ」を通じて考えることから始めることが重要である。それらウイルス病原体(pathogen)について考察を試み世界に与えた影響と波及効果を環境歴史学の立場から論述する次第である。
 
 (図-1)によれば、インフルエンザ感染者数・死亡率では2000年から南北アメリカ地域がトップであること、症例数では2009731日までと20091122日までの累積ではトップで変動せず、2位がヨーロッパ地域であること、また2009年の症例数では2位が西太平洋地域でヨーロッパの症例数を超えている。

(
図―1)新型インフルエンザによる世界的被害のデータの紹介(注3)

 

 

3.先行研究の考察
 
最初に、細菌とウイルスとの厳密な違いから述べる。
 
細菌は、他の細胞がなくても自分と同じ子どもを増やせる微生物である。つまり、動物の体内で種々の毒を生産し、動物の細胞の働きを止めたり細胞を殺したりする。自分で生きることができるのである他方、ウイルスは、動物の体内に入り、細胞の助けを借りて増殖する。つまり、ウイルス粒子が別の細胞に連鎖的に感染させるのである。この違いを把握した上で以下の考察を進める。ウイルスは、自分では生きることができない(4)

以上の相違がありますが、この研究論文では「ウイルス」に焦点を当てて論述する。

近年いろいろな形で世界中の人々を悩ませ始めた「鳥や豚のインフルエンザ」の出現、また最近話題になっています「SARS」「コロナウイルス」は、別に新たに出現したものではなく, そのウイルス原形質はすでに人類が誕生するずっと前からこの地球上に存在していたのであって、ただその原形質が何かの弾みに変形してそのような姿で現れたのに過ぎないのである。事実、45億年前の地球誕生からウイルスの世界最古の微生物の化石は、南アフリカやオーストラリアの35億年前の地層から見つかっているのだ。生命ある物と呼ぶことのできる最初の対象は、ウイルスなのである。原始人より恐竜より始祖鳥より古く地球上の大先輩なのである。但し、それが地球で生まれたのか、または別の惑星から飛来したのかについては、いまだに解明されてないのである。また、更に言えることは、細菌は他の生き物に依存することなく自分で子孫を作る能力があるので、地球で最初に誕生した生物といえるのであり、次にウイルスは他の生物に依存して生きるので、次に誕生したと言えるのである。つまり、動植物が誕生してからウイルスが発生したのである。そして、麻疹・結核・ペスト・マラリア・インフルエンザその他の感染するウイルスは本来的には同種類のものである。(注5)それらのウイルスは、原形質である病原体が環境・気候・人口密度の程度その他の要因によって変異(MUTATION)した変異体に過ぎないのである。

ウイルスの解明のために、(1)ウイルスの発生する地域とそこに住んでいる人々の血液型との関連性、(2)気候と疾病との関連性、(3)各種ウイルスの発生源と赤道線上の範囲の関連性(4)世界的温暖化がウイルスの温床になる現状を明らかにすることが極めて重要である。

(1)ウイルス発生地域と血液型との関連性(注6)

次のそれぞれの地図は、血液型による分布図です。

(図―2)A型の血液型の分布図

(図―3)B型の血液型の分布図

(図―4)O型の血液型の分布図

(出典:海外移住と血液型分布の世界地図)

白血球の中のリンパ球の割合で血液型が決まると言われている。また、ウイルスに対して人間の免疫力が高い順番の血液型は、O>B>A>ABである。次に血液型別にかかりやすい、またはかかりにくいとされている病気を紹介しよう。

 

 

(図―5)

 


 

血液型

 

 

かかりやすい主な病気

 

 

かかりにくい主な病気

 

 

A type

 

 

天然痘、肺結核、マラリア

 

ノロウィルス感染

 

各種ガン

 

 

ペスト

 

 

 

 

 

 

B type

 

 

肺結核、肺炎

 

インフルエンザ【A1型】

 

フィラリア

 

 

天然痘

 

 

 

 

 

 

O  type

 

 

コレラ、ペスト

 

病原性大腸炎

 

インフルエンザ【A2型】

 

 

梅毒、天然痘、肺結核、

 

各種ガン

 

悪性貧血

 

 

AB type

 

 

梅毒、天然痘

 

肺炎

 

インフルエンザ【A1型】

 

 

コレラ

 

フィラリア

 

ノロウィルス感染

 

(著者が作成)

ウイルス類は、ABO式の血液型物質を持っていて、中でも多いのはA型血液物質ある。A型の人は、自らを攻撃しないようにA型血液物質に対する抗体を持っていない。それゆえに、B型やO型に比べて病気にかかりやすいと言われている。また、米国先住民の90%がO型であったので、コロンブス一行が、ヨーロッパから「梅毒」持ち込んだ時、梅毒に強いO型の住民が生き残ったと言われている。また、南米で流行していたノロウィルスは、O型の血液物質を好むのである。(注7)

(2) 気候と疾病との関連性
疾病は、気候との関連性、特に気温と降水量の多様化から、世界の地域ではライム病,黄熱、ペスト、鳥インフルエンザなどが大発生する恐れがあると言われている。これらの他にもバベシア症、コレラ、エボラ出血熱、アフリカ睡眠病、結核である。

 

この地図で注目されるのは、東西へのvertical axis(横軸)の範囲に限定されることである。

(
図―6)世界的なペスト・ラッサ熱の感染地域の分布(注8)

 

 

 
 


(
図―7)結核分布の世界地図(注9)

 

 

(3) 各種ウイルスの発生源と赤道線上の範囲の関連性

 

 

(図―8,9)から理解できることは、赤道近辺でいろいろのウイルスが発生していることである。赤道緯度北30度と南30℃の間は、荒涼の砂漠地帯であるアフリカ中部のみであり、アジア地域・中央アメリカ等では年間降雨量が高く、それらの地域ではウイルスの発生地域との関連性が明らかである。それらウイルスの発生範囲は、世界の気候区分の観点からは「赤道気候」「熱帯気候」「モンスーン気候」の3地域にあること、但し、アメリカ大陸での範囲は、無視します。なぜならば、本来アメリカ大陸では、ライム病・黄熱その他のウイルスが存在してなかったのである。

 

 

(図―8)世界地域の年間降雨量と世界のウイルスとの発生地域との関連表(注10)

 

 

 

 

図―9)世界地域の年間降雨量と世界のウイルスとの発生地域との関連表(注11)

 

 

 (4)世界的温暖化の現状(注12)

 

 

A)酸欠の海

 

 

海の酸欠状態は、世界的に広がっている。世界中で400以上の酸欠海域がある。特に、酸欠海域は北米とヨーロッパあり、最大規模はバルト海とメキシコ湾が指摘される。この酸欠の原因は、海藻の異常発生であり、その腐敗物の栄養分をバクテリアが食べるために異常発生して、海中の酸素を多量に消費することによって、海中の生物またそれを餌とする魚類が必要な酸素が得られず窒息死する。

 

 

B)洪水に見舞われる世界

 

 

海水温の上昇に伴う海水の膨張により、多量の水が海に流れ込むことである。今後100年間で海面が1.4m上昇する可能性があると2009年のIPCC(政府間パネル)で報告している。過去6000年間の平均海面上昇率が年間約0.5mmであったが、1900年以降年間1~2.5mmの上昇傾向にあり、特に温暖化の影響で氷床融解が深刻化している。もし、1mの上昇があると、バングラデシュの20%、オランダ全土の6%が海中に沈む。また、グリーンランド氷床が融解すると、世界の海面が7m上昇し人類にとって住める場所の確保が難しくなる可能性がある。つまり、地球の温暖化がこのまま進んでゆくと海抜の低い国々は水没し、世界の主要な沿岸都市の多くが海中に沈んでしまう危険性がある。

 

 

(C)海の酸性化
 
元来、海は弱アルカリ性であり、人間活動から生まれる二酸化炭素は海中に入ると化学変化を起こし、海水の酸性化が起こるのである。本来、海水のアルカリ性であることは、サンゴやプランクトンには必要なことであるのみならずウイルスにとっても必要不可欠ことであり、酸性化によりサンゴ・プランクトン・ウイルスのみならず海洋生態系全体に深刻な影響を与えることが懸念されている。つまり、酸性化により炭酸カルシウムの殻を形成する(炭酸塩の殻)ことができなくなったプランクトンは、原生動物に捕食され減少し、植物連鎖が崩れるのである。また、プランクトンが他の生き物に与えていた酸素が減少し、最終的には魚類に大きな影響を与え、深刻な影響を我々にも波及されるのである。つまり、魚を主食している民族にとって魚類を食べる機会が失われる時代が近い将来到来するのは確実である。以上の(A~C)は、地球の温暖化により引き起こされていることである。
 
 ここで忘れてはならないことは、地球で最初の生物であるウイルスが存在していたという事実は、当時弱アルカリ性の海が存在していたのではないか想像するのである。ところで、その病原体ウイルスは、いつの時代でも何かの引き金で、おとなしくしていたものが目覚め人間界のみならず、その他の動植物に悪さをするのである。大変興味のある指摘をしていることがある。今世紀に出現したウイルスのほとんどは、森や草原の開発を契機にさまよい出てきたウイルスたちによると言われている(注13)

 

 

 


 

20世紀に出現した主なウイルス性の出血熱
 

 

 

韓国出血熱

 

 

1930年代、日本軍の満州進出時に最初の記録。1978年に原因となるウイルスをネズミの体内から発見
 

 

 

クリミヤ・コンゴ出血熱

 

 

1960年代にアフリカのコンゴとウガンダで発見。第二次世界大戦後、現在のウクライナの森林や草原の農地転換後に出現した病気も同じ物と判明。
 

 

 

デング出血熱

 

 

もtもとは生命に危険のある病気ではなかったが、1950年ころから出血熱に移行する患者が出始めた。
 

 

 

ボリビヤ出血熱

 

 

1940-50年に初の患者が発生、52年にウイルスを認知。感染源はネズミで、生態系の破壊が引き金となった。
 

 

 

アルゼンチン出血熱

 

 

1940-50年代、森林やサバンナの開拓などによって繁殖した野ネズミが仲介。58年にブエノスアイレスでウイルスを発見
 

 

 

マールブルク出血熱

 

 

1967年、西ドイツでミドリザルから腎細胞培養に関与した実験syたち実験者たちが発病。
 

 

 

ラッサ熱

 

 

1969年、ナイジェリヤ、リベリヤなどで流行

 

 

エボラ出血熱

 

 

1976年、スーダンとザイールで流行。95年ザイールで4度目の大流行を起こした。

 

 

リフト渓谷熱

 

 

1977年、エジプトのアスワン地方で始めて人間に流行。ダムの建設がきっかけ。蚊が媒介する。

 

 

ベネズエラ出血熱

 

 

1990-91年にかけて104名の患者を確認。おもにベネズエラの農村地帯でネズミが媒介。
 

 

 

ニューハンター・ウイルス出血熱

 

 

1993-94年にかけて大流行。

 

 

 

 

 

 

今回のインフルエンザのウイルスもある程度の猛威を振るったときに、人類が抗生物質で攻撃したとき、一時的に鎮静化したのであるが、直後にリバウンドして以前より強くなり、多くの人々を悩ませたのである。そして、また沈静化して元の鞘に収まるのである。それは、いわゆる「病原体(protozoa)」であるが、大昔から存在していたもので地球の歴史では常に「あるリズム」をとって現われては隠れ(死滅では決してなく)、隠れては現れる繰り返しをしているのです。そのリズムの規則性は、いまだ解明されていない。

 

 

リズムの規則性についての一つの分析として、歴史家ウィリアム・マクニールによると疫病の周期的消長:感染症と人口集団の相互関係は次のようなサイクルを描くと述べている。これは、一般に疫学的に認められている最も単純なモデルである(注14)。つまり、(1)人口密度の上昇、→(2)人口密度が臨界点に達する、→(3)感染症の過剰感染、→(4)人口の急激な減少、であり、(4)から(1)へとサイクルが繰り返されることである。
 
 文明そのものが独自の感染症の伝染様式を発達させ、それらの感染症を貯蔵し、感染症の定期的な流行を通して人口集団に対して免疫機構を付与したという。彼は、文明はそのような感染のメカニズムを社会制度としても確立したという。これは次の二つの現象が同一の文明圏内で発達した結果であるとされる。

 

1)中間宿主を必要としない感染症の誕生

 

 文明圏が誕生する以前の小集団社会において、病原寄生体による感染症が維持されてゆくためには中間宿主が必要であった。しかし、人口密度がある一定の数に達すると、直接人間どうしが感染しあい、中間宿主を必要としない病原生物――この場合はバクテリアとウイルスが主となる――が引き起こす疾病が優勢になる。これは人口密度の上昇によって直接感染する病気の伝搬効率が、中間宿主を介する病気の伝搬効率を上回るからであり、このような現象は都市生活に伴って新しく生じたものと考えられる。

 

2)「ミクロ寄生」と「マクロ寄生」

 

 ミクロ寄生とは人間に感染する病原性生物がもつ本来の寄生の様式である。それに対してマクロ寄生は社会における一種の搾取メカニズム、例えば軍事組織などをさす。人間に寄生するウイルスや昆虫は身体に寄生することを通して人間の生存を脅かすが、マクロ寄生も人体の外部から経済的搾取や侵略などを通してそれと同じ効果をもたらすからである。ミクロ寄生という通常の感染現象以外に、マクロ寄生という類似のメカニズムを想定することによって、ミクロとマクロの寄生が競争的にあるいは相互補完的に、人口集団の成長に影響を与えていると考える。

 

 成立したての農耕社会は、外部の武力による略奪に抵抗の術をもたなかったが、余剰生産物の蓄積によって、農耕社会が武力集団を一定の割合で雇うことができるようになり、外部からの権力に対抗することができるようになった。マクニールは、これを農耕社会が外部に対して一定の抵抗力、すなわち「免疫」を確保するようになったと考える。自分の文明圏の軍隊は他の文明圏の軍隊が持ち込む感染症(ミクロ寄生)から防衛はしてくれるが、軍隊はその社会における余剰生産を食いつぶすマクロ寄生体そのものである。

 

 このように文明は新しいタイプの感染の様式をつくり出し、その感染症を圏内に維持し圏外からの感染症に対して疫学的ならびに社会的に防衛する広義の「免疫」メカニズムを発達させた。農耕化に伴う感染症からの危機を、文明圏をつくることで人類は病気と独自の共存関係をつくりあげた。マクニールはこのような文明の領域を「文明化した疾病の供給源」(Civilized Disease Pool)と呼んだ。

 

ところで、これらのウイルスは、もしかすると地球外から持ち込まれたのではないかと大胆な推測するのです。つまり、「天から光線が落ちてきた後、多くの人々が何かのウイルス(VIRUS)で死んでいった」と旧約聖書に明記されているのです。(注15)但し、それについては、今後の課題にしたい。

 

環境歴史学の視点から「疫病の菌」が、いかに世界の歴史を変えていったのかいくつかの事例を列挙しよう。

 

「ウイルス疫病」による世界史の変革をした事例

 

 

(事例―1)

 

 

「南米のアステカ・インカ両文明滅亡」

 

 

スペイン人たちが僅かな装備と少数の兵隊できわめて短期間にアステカならびにインカという二つの大きな新大陸文明を滅ぼしたことができたのは、武力によってではなく、この持ち込まれた疫病によってである。新大陸の征服戦争はウイルス戦争であり、極端な一方通行の疾病の交換であった。新大陸に持ち込まれた感染症は、天然痘、麻疹(はしか)、ジフテリア、百日咳、水痘、腺ペスト、発疹チフス、インフルエンザ、コレラ、デング熱、トラコーマなどであり、後には奴隷貿易の黒人を介してマラリアと黄熱病が持ち込まれた。つまり、アステカ・インカの原住民は、それらのウイルスに対する免疫力がなかったのである。

 

 

 

(事例―2)

 

 

「北米のアメリカン・インディアン先住民の全滅」

 

 

南北両アメリカ大陸へのヨーロッパ人の植民は、人類が経験したおそらく最後で最大の疾病の交換であった。とくに新大陸の先住民が感染症から受けた衝撃は大きかった。この理由は明らかである。モンゴロイドが到達した一万数千年前から十六世紀にいたるまでこの大陸はユーラシアから隔離された大陸であったこと。また中央アメリカを中心に拡がっていたメソアメリカと南米のペルーを中心とする文明を除けば、人口が集中していた巨大な都市が存在しなかったことである。ヨーロッパの植民者がやってくる以前には、新大陸では広範囲に流行病が蔓延したという歴史的資料はなく、また先住民の神話や説話にも疫病の流行というテーマやエピソードは見つからない。つまり同じ時期にユーラシアの人びとが体験していた強度の感染をくり返し受け、人口が激減するという経験を十六世紀以前の新大陸の先住民はもたなかった。

 

 

(事例―3)

 

 

「マケドニアのアレクサンダー大王の世界征服の崩壊」

 

 

アレクサンダー大王の率いる軍勢は、アジアのインドから東側の征服を意図して、インドへの道へ入るには、どうしてもインダス川を渡らなければならなかったのですが、インダス川を渡る前で、多くの彼の兵士が原因不明の病の倒れたのでした。その原因は、ウイルス感染といわれています。

 

 

前述の事例の1~3以外にも数え上げればきりがないほど、すべてがウイルスにより引き起こされた現象なのである。最近の事例「第一次世界大戦」があり(注16)、特にその弊害を受けている世界の先住民族あり、新型インフルエンザのほかにも、外来病によってこれまでに数多くの先住民族の文化を滅ぼしてきた。15世紀にヨーロッパから南北アメリカ大陸に持ち込まれた麻疹(はしか)と天然痘は多数の先住民族の人口を壊滅的に減少させた。また、2008年に「Emerging Infectious Diseases」誌に発表された研究によると、1918年のスペインかぜの大流行では、先住民の間での拡大が特に顕著だった。以上から言えることは、ウイルスが人類の歴史、広く言えば地球の歴史を作り上げたといっても過言ではないのである。

 

 

 他方では、前述の先住民の本来持っている感染症が侵略人であるヨーロッパ人へ何故伝播しなったのであろうか、またウイルスの種類の強弱の違いであろうかの疑問は残る。

 

 

ところで、「ウイルス(疫病)」の源流が中国(注17)であることがわかるのと同時に疫病は決して中世に始まったことではなく、もっと古くから存在していたことが証明されている。そして、疫病がばら撒かれ(つまり天然痘)がA.D.165~180にかけて出現して数百万のローマ人が死亡したと記録P 205、「Guns ,Germs, and Steel written by Jared Diamond」)にあり、つまり、ローマ人が荒廃し、ローマ帝国が、滅亡した理由が異民族の侵入によるのではなく、まず「疫病」によって荒廃したことである。

 

 

 ウイルスの顕著な事例として「中世西欧世界」を取り上げることは、ウイルスの理解には必要である。中世ヨーロッパの病原菌は、「ペスト」という名で普及していたのである。その当時の病原菌であるペストを考察していくと、疫病の原因であるペストを通じて中世期最大の出来事であるCrusade Movement(十字軍の動向)・La
Inquisicion(
異端審問論争)・La sorciere(魔女の登場)などの本当の姿が見えてくるのである。西欧中世は、約1000年の長いスパンがある。ローマ帝国が終焉して(すべての意味ではA.D.430年)東ローマ帝国の滅亡(1453年)の期間であるが、いろいろな出来事が錯綜していた中で、「疫病」、中世期では「黒死病」という変形を通じて引き起こされた出来事ほど、当時の住民に深い影響を与えたものはないと言えるのではないだろうか。また、忘れてはならないことは、「黒死病とユダヤ人の迫害」、つまりキリスト教徒による異端迫害運動との関連性も重要なことである。そして、「魔女の存在性と迫害」の問題にも言及する深遠な問題なのである。また、ペストの発生・利用に「キリスト教」の果たした役割は大変大きく、それらを土台に飛躍的に発展した事実のプロセスが理解されるのである。仮説として、キリスト教徒は、そのペスト菌の効用を熟知していて、勢力拡大のため、それ(疫病)を利用してのではないかと大胆な推測するのである。また、ローマ帝国の滅亡を招いたのは、キリスト教徒の綿密な策略によったのではないかとも推測される。しかしながら、それについては今後の研究の課題にしたい。

 

 

ところで、中世のペスト発生の環境の温存の様子を描写することは重要である。

 

 

ZIEGLERが中世の衛生管理について、描写をしている個所がある。「黒死病」の発生を知る一つの手がかりになる。(注18)

 

 

「個人のプライバシは存在しなく、中世の堅牢な城でさえ、プライバシはなく群衆で混雑していました。貧しい家屋では、ベッドなどの寝具は存在しなく同じ部屋の床の上で何人もの人々が寝る状態が普通でありました。都市のみならず農村でも、動物(ブタ、ニワトリ、仔馬)と寝床を一緒にしていたのです。道は、両側の険しい家屋の壁が先端で重なるところで2匹の仔馬がかろうじて通れる曲がりくねった道であり、そのために昼間でも光を遮るところでありました。道は、道でもまるで排水路と言った方が適切であるように泥と悪臭が漂っていた状態でした。元気な若い女中が上階の窓から通行人の上に便器の中の汚物を落としました。さらに悪いことに環境としてその道の空気は生暖かくそして不衛生であり、しかしながら、その環境は「ネズミ」にとって理想的なものでした。」

 

 

以上の記事を通じて、衛生管理がいかに悪かったことが理解されると思われる。当然そのような衛生の悪さが、具体的には都市の下水道設備の欠落がペスト菌の温存に大いに寄与するのが想像されるのである。

 

 

ところで、ペスト菌は、本来中国大陸で発生したものと言われているが、何故に中国からユーラシア大陸全域に伝播したかは、モンゴル帝国の果たした役割を見逃すわけにはいかない。つまり、ユーラシア大陸全般の疾病の交換に寄与したのは、遊牧民の大規模な移動である。疾病文明圏が確立して以降、遊牧民が文明圏の住民に劣らない高い免疫能力を次第に獲得していき、病気の運搬者としての機能を果たすようになったからである。特に地球レベルでの感染症の拡散に貢献したのが十三世紀から十四世紀の半ばまでのモンゴル帝国の軍事遠征と支配である。彼らは東西の疾病の交換を急速に推し進めた。彼らが運んだ最大の感染症はペストである。元来ペストは、アジア圏の南のヒマラヤ山麓の地方病であった。1252年のモンゴルの騎兵隊が雲南からビルマに侵攻した際にそこから持ち出され、その後の短い間にユーラシアの草原地帯に住む齧歯類に感染するようになったと言われている。この草原地帯がペスト菌の供給地となってヨーロッパに持ち込まれたのである。

 

 

ヨーロッパ中世期には、次第にヨーロッパ大陸に、イタリアのシシリア島を通じてイタリアに広がりヨーロッパ全土の広がったという事実がある。つまり、イタリアの船による交易に従事した船乗りから伝播したといわれている。

 

 

また、「都市化」の現象も、ウイルス病原菌の蔓延に深刻な原因の一つである。つまり、都市化の拡大に伴って、周囲の森林や山脈などを破壊することを引き起こしているのである。都市の本格的な形態の出現は、古代ではウルク、ウル、モヘンジョウダロであり、ローマ帝国のローマであり、一般的には中世ヨーロッパの期間の都市の出現であるといわれている。つまり、病原菌は人口密度が高い環境で形成されたものである。但し、中世時代の期間では、それらの都市は、まだ小規模であり,その病原菌が地域限定であったので、風土病として認識され地域的な範囲内の問題として止まっていた。しかしながら、グローバル(地球的)な問題(自然破壊に伴って大洪水)が都市化の拡大に伴って顕在化してきたのである。人間の欲望は止まることを知らず、都市への人口過剰が続くと経済は次第により多くの人間の欲求に応えるために、つまり、都市の人々の食料を生産するために、農業の過剰生産を必要とし、そのためには第一に生産のための農地を開墾する。その農地を作るためには森林伐採が必要である。そのようなプロセスでグローバルな自然破壊が進行したのである。そして、合理的な方法で多くの商品の生産のために大規模な工場施設が必要になってきたのである。具体的には、工業化・機械化が生まれたのです。その後押しとして「化石燃料」である「石油」に大きく依存しているのである。これが「地球温暖化現象」の一因にもなっているのである。この温暖化現象により、小規模の範囲にとどまらず、地球規模で広がりを見せ、まさに、ウイルスが世界的に蔓延するきっかけを作ったのである。最近の世界健康機構(WHO)(注19)によると、虫が媒介する伝染病の増加は地球温暖化と関連がある可能性があるそうです。温暖化で熱帯伝染病を媒介する虫などの生息地域が北上するほか、温暖化がもたらす豪雨の増加や従来なかった地域での干ばつ発生などに伴い、ダニや蚊、ネズミなどの伝染病を媒介する動物や虫が増加する可能性があるためです。

 

 

 アフリカ西部で1937年に発見された西ナイル熱は99年にニューヨークに上陸。感染した蚊か鳥が持ち込んだとみられ、原因不明のまま米全土に広がりました。デング熱は熱帯を中心に発症していましたが、地球温暖化の影響からか、最近は台湾でも患者が確認され、沖縄への上陸も懸念されています。

 

 

 更に、温暖化の影響による気候変動で先住民の間で感染症が増加しているのが現状です。例えば、北極圏では地球の温暖化の影響により降水量の増加・氷の融解があり、カナダのイヌイットの間では、周辺の地表水や地下水が病原菌に汚染される頻度が高まり、感染の患者が増加しているのである。

 

 

 また、世界中の多くの人々の食料の保持のために、農業そして、その原形質ともいうウイルス病原菌に対して、最近では抗生物質を人類は作り、それに対抗している。しかしながら、そのウイルスに攻撃すればするほど、益々強くなり、そのウイルスは人類を滅亡へ導くのである。また、最近では、化学薬品による殺虫剤使用によって害虫を殺傷するべきものが皮肉にも、それによって害虫自体が抵抗力を持ち害虫の異常発生を起こし、数々の被害を蒙ったことの報告がある。(注2)ウイルスのみならず害虫でも、人間が攻撃すれば、益々強くなる習性なのである。

 

 

4.結論

 

 

4-1 抗生物質とウイルスとの終わりのなき戦い

 

 

古代社会では、すべて悪性の伝染病は、ひと括りに「ペスト」と記載されている。細菌の一つである結核菌は、紀元前3000年ごろには存在していたことが確認されている。更に、ここで興味のある事例を紹介すると、『エベルス・パピルス』という古代エジプト人によって紀元前1500年以前に書かれていた世界最古の薬物治療書の中で、ニンニクの効用が明記されていて、ほとんどの慢性疾患・感染症・老化の予防・治療に使われたことである。現在、やっと慢性疾患等が医療で取り上げられて始めたことが、すでに紀元前3,500年から紀元前1500年ごろに行われていた事実から、この分野では現在よりも文明が発達していたことが認識されるのである。この史実から判断すると、当時すでに、感染症のウイルスが蔓延していたことが理解されるのである。(注20)

 

 

ところで、現代社会での多くの伝染病は、前章で言及したように本質的に一つのウイルスから変形をしたものであり(「はしか」「チフス」「インフルエンザ」)、人類が彼らに攻撃、つまり抗生薬で攻撃すると、かれらはより強くなり人類の私たち人間を死に至らしめるのである。どのような抗生物質といえども耐性菌が出現しないということはありえず、放置すれば「どんな薬剤も効かない、治療のしようが全くない感染症」がいつか出現する。今のところできるのは、なんとか工夫して「その日」がやってくるのを一日でも先延ばしにすることだけである。

 

 

最近の製薬会社にとっては、抗生物質は薬価が安く認可もされにくい上、すぐに耐性菌が出現してくるので、研究費を注ぎ込んでも「割り合いにくい」薬といわわれている。

 

 

また、患者の減少により、赤痢や結核の患者を一度も診たことがない若い医者も増えている。こうした状況について、元東大医科学研究所教授の吉川昌之介氏は「今、日本では、病原細菌学を専攻する後継者が極端に不足いるのである。抗菌剤への過信とその無批判な濫用が、医者にも患者にも、ウイルス感染症の恐ろしさをすっかり忘れさせてしまった。ウイルス感染症はなくならない」と述べている。いずれにしろ、感染症医療を取りまく環境はお寒い限りである。病気のない世界は人類が地球上に出現して以来の夢でした。抗生物質という魔法の薬の出現によりそれはいったん実現したかに見えましたが、その魔法が解ける時は間近に迫っている。人類と病気との宿命の戦いはこれからもまだまだ続き、残念ながらそれは終わりの見えない戦いであるように考えられる。換言すれば、人間の傲慢さへの戒めとして、自然からのリベンジが始まっているように思われる。

 

 

いずれにしても、ルソーが提唱した言葉「自然に帰ろう」が思い出される。人間がすべての合理化主義に突き進むならば、人類、否、地球という惑星にウイルス以外何も生物が生息しない将来が見えてくるのである。

 

 

人間が自然と共存できる世界を早急に作らねばならないと思われる。

 

 

つまり、われわれの大先輩である原住民から、その病原菌の対処法を学ぶべきである。

 

 

彼らは、我々よりはるか何万年前から地球で生き続けているのであるから、学ぶ点が多くあると確信する。

 

 

4-2 原住民から学ぶウイルスへの対処法の幾つかの事例を紹介。

 

 

【事例1】(注21)

 

 

Modern folk practice helped to protect the health of Tamil labourers
brought from southern India to work on plantation in Malaysia. They conformed
to a custom that required them to bring water into their houses only once a
day, and not to store it between times. This deprived mosquitoes of a breeding
place
indoors. 
 As a result, Chinese as well as native Malays, who lived and worked
under similar conditions but did not observe the Tamil custom, suffered
distinctly higher rates of infection from dengue fever and malaria.

 

 

 

【事例2】(注22)

 

 

ペルー原産のキャッツクローの事例

 

 

インカ帝国時代から先住民が用いてきた免疫増強ハーブです。インカ帝国は、ペルーなどを中心に16世紀まで栄えた国です。しかし、銃砲や馬を持ったスペイン人に滅ぼされましたが、その文明は相当に高度で、トマトやジャガイモ、ゴムなどとヨーロッパ人が知らなかったものを多く利用していた。

 

 

この地域で使われていた薬草も、一時重視されませんでしたが、最近、代替医療の登場で、注目されている。現代科学の研究で、キャッツクローには、アルカロイドと呼ばれる物質が7種類含まれているのがわかりました。このアルカイロドはいろいろな薬理作用を持っている。主な作用は、抗ウイルス作用、抗炎症作用、抗がん作用です。クローン病やリューマチ性関節炎にも効果が大で、痛みや熱のある感染症に強いといわれている。

 

 

 

【事例3】(注23)

 

 

パウダルコ事例

 

 

パウダルコはアルゼンチンやブラジルの熱帯雨林で採れるハーブです。欧米でも優れた薬効が注目されている。パウダルコの場合、ラパコールという成分が免疫を補助する。

 

 

効果があるとされている病気は、①ウイルスによる各種感染症  ②水虫など真菌の病気③寄生虫  ④がん  ⑤白血病  ⑥呼吸器炎症 ⑦アレルギー  ⑧湿疹やしみなど皮膚疾患 ⑨糖尿病  ⑩胃腸障害  ⑪関節炎  ⑫乾癬(カンセン「たむし」) ⑬パーキンソン病  ⑭肝臓疾患

 

 

 

【事例4】(注24) 

 

 

社会制度による疫病の回避策の事例

 

 

マクニールはインド文明におけるカースト制度は感染症に対する一種の防疫機能から生まれたとする。インド文明における厳密なカースト制度は、文明からみた猖獗の地である「森の民」を直接的にはコントロールできなかったために、一種の心理的な障壁として辺境の民をタブー視し排除すると同時に、不可触賎民として社会の最下のカーストとして組み込んだという。このような類推にもとづく医療の発達や疾患の予防の実際の効果について実証することは困難をきわめる。しかし病気の認識の中に社会の認識が反映されることは、多くの社会においても指摘されており、実際的な効果の有無にかかわらず、そのような考えが疾病文明圏内に形成されたことは想像に難くない。

 

 

 

【事例5】(注25)

 

 

WHOによると20091025日において、世界中で44万人を超える実験室診断

 

 

で確定したパンデミックインフルエンザH1N1 2009感染者と5700人を超える死

 

 

者が報告されている。当然のことながら、新型のウイルスに対して各所

 

 

で様々な研究が行われているなか、精油についてもいくつかの報告がなされている

 

 

。あくまでも試験管内で行った実験ですが、培養したH1N1菌株と精油に関する研究

 

 

では、多くの精油にウイルスの生育を阻害する働きが認められました。

 

 

特にティートゥリーに注目した別の研究では、ティートゥリーの精油と分離した主

 

 

要な含有成分を其々試験管内のH1N1ウイルスに加えている。その結果、「ウイル

 

 

スの殺菌には至らないものの、驚異的に増殖が抑えられる」ことが分かり、今後、

 

 

新型インフルエンザ治療薬のひとつとして開発が期待できる、と結論付けたのである。この精油の特徴的な成分であるterpinen-4-olが強く作用しているとも分析している。

 

 

「お茶の木?!」

 

 

そもそもこのティートゥリーという植物、原産地のオーストラリアでは学名の属名「メラレウカ」のほうがよく知られ、とてもポピュラー。というのも、先住民族のアボリジニが長いこと万能薬として使っていたからである。彼らは125万年もの前からオーストラリアに生活していたといわれ、そこからティートゥリーの薬としての歴史の長さも計りしれる。ティートゥリーは英語でTee treeですが直訳すると「お茶の木」ということになる。しかしながら、現在ほとんど飲用することはありません。

 

 

ではなぜTee treeとよばれるのかというと、観測船エンデバーを率いてニュージーランドを発見したことで知られるキャプテン、ジェームズ・クック(James Cook) は、同地を探検したのち17704月、オーストラリア東海岸に到達し、現在のシドニーの南方に位置するボタニー湾に上陸した。クックとそのクルーは自生していたスパイシーな香りのする葉をもつメラレウカを見つけ、お茶にして飲んだことから。命名はキャプテン・クックだったというわけである。

 

 

ところで、アボリジ二は生の葉を噛むことで腸内の寄生虫を予防したり、擦り傷や虫さされに塗るなど天然の治療薬として大事にしてきたティートゥリー。その薬効は次第に認められ、第2次世界大戦の際、熱帯地方の部隊の救急キットに加えられたほどとのことである。その後さらに科学的な研究が進み、最近では細菌や真菌に対しての殺菌力、また耐性菌が発生しにくいことから院内感染などへの応用等、医薬品の世界でも注目。新型インフルエンザにも効果がありそうなのは、非常にうれしいニュースである。

 

 

【事例6】(注26)

 

 

ヘルゴンサッチャは民族植物学的に注目されているハーブの一つである。アマゾン熱帯雨林一帯では先住民も入植者もその土地の人々は皆、ヘルゴンサッチャの巨大な根茎を毒消しとして毒蛇に噛まれた時に利用している。アマゾンの奥地では、冷蔵保管が必要な毒蛇血清を入手するのは極めて難しいので、ヘルゴンサッチャによる毒消しが開発され、代々伝承され、今尚利用されている。ギヤナの先住民族は、淡水エイ、毒蜘蛛、『クラレ』と呼ばれる毒矢(植物や蛇や蛙等の毒を矢の先端に付ける)の毒消しにもヘルゴンサッチャを調製し利用している。また、ヘルゴンサッチャの葉や茎を足に打ち付けると、蛇に噛まれるのを予防する効果があると信じている先住民文化も存在する。ブラジルハーブ医療では、喘息、百日咳、生理不順の治療にヘルゴンサッチャの根茎を粉末調製し、経口摂取する。疥癬の治療にも、ヘルゴンサッチャの根粉末を局所的に用いる。また、ハエによりできた傷口には、毒蛇の治療と同様に、根茎から搾り取ったジュースを外用薬として傷口に直接つける。痛風の治療には、ヘルゴンサッチャの全草を煎じ入浴剤として用いる。ヘルゴンサッチャはペルーのハーブ医療でもよく知られた存在である。ペルーの都市部では、カプセル、チンキ、タブレットと言った形態で、エイズ(HIV)、癌腫瘍、消化器系の不調、ヘルニア(煎剤を外用薬として直接患部へ)、手の震え、動悸に対するナチュラルレメディーとして、自然食品店や薬局、市場などで販売されている。ヘルゴンサッチャをエイズ(HIV)の治療に用いる動きは1990年代初期にペルーで始まった。 事実、新薬開発を目指し、アマゾンで薬草調査に関わっている製薬会社の研究者達は、ヘルゴンサッチャが示す抗ウィルス特性や毒消し作用のメカニズムを客観的に立証する研究が始まった。

 

 

【事例7】(注27)

 

 

アメリカインディアンのCherokeeの事例

 

 

homeopathy」は、チェロキ―インディアンの間で先祖代々から継承されている医療療法で、人間の身体の兆候は自然の防衛と関係があり、この療法を利用することにより慢性痛風、慢性頭痛、autoimmune diseases(自己免疫疾患)、各種アレルギーのみならず、各種の伝染病に大変有効であるとされている。

 

 

 特に、ここで注視したいのが彼らは、「ニンニク」の効用についても、言及していることである。他の先住民もその効用を指摘している。また、前述の古代の文明である古代エジプトの紀元前3,500年前にニンニクについて注目され、多くの病気の治療ニンニクが使われ、更に、エジプトの学者であるペトリ卿がエジプトのエルマハスナである墓(紀元前3750年頃)を発見した時、9個の粘土模型のニンニクの麟茎がみつかり、またツタンカーメン王の墓でも乾燥した完全に保存されたニンニクの麟茎が6個発見され、他の多くの古い墓からも発見されている。何故に、墓にニンニクがあったのであろうか。また、歴史の父と言われるギリシアのヘロドトスの「エジプト」の中で次のような事実が書かれているのである。紀元前450年頃、彼はエジプト旅行でピラミッド建設の労働者に関するエジプト象形文字の刻銘を発見したのである。その中には、労働者の健康維持のためにニンニク・玉葱・ラディシュ(大根の一種)が絶体に必要であったのである。時代を超えてニンニクの重要性が強調されている。

 

 

ここで興味のあるのが、米国国立がん研究所が、がんの予防の可能性のある食品のうち6品目を列挙している。つまり、ガーリック(ニンニク)・キャベツ・カンゾウ・大豆・ショウガ・セリ科直物(人参・セロリ・バースニップ)である。ニンニクのがんに対する効果が明らかにされている。

 

 

 以上の先住民の病原菌(感染症)への対処法の事例に関連して一言:自然を尊び、必要以上に自然の産物を奪い取らないことである。つまり、生きるための食料として、動・植物を自然からいただき、快楽のために無駄な殺生はしないのである。現代社会への自然からの忠告の声が聞こえるようである。

 

 

 

我々人類は、次のメッセージを決して忘れてはならないのである。

 

 

 

メリーランド州ベセスダにあるアメリカ政府の海洋哺乳類委員会(MMC)の事務局長ティモシー・レーガン氏の言葉:「われわれは長い間に人間以外の生物の多様性を大きく損なう原因を作り出してきた。自然への責務を果たそうとするならば、ほかの生物との関係を見直し、自然界を守るために必要な変化を積極的に起こさなくてはならない」。(注27)

 

 

 

 北米インディアンのチェロキー族の言葉が、我々現在人に警撞を発し続けている。
 
As an Elder said, ” When we do harm to the Earth Mother, we do harm
to ourselves.”
(注28)

 

 

 

最後に、南米のマヤ文明が人間の病気について興味深い文を述べているので紹介してます。「A
major cause of sickness was imbalance and disharmony either with society, the
gods and ancestors, or surrounding world.
(注29)病気とスケールの大きい要素のとの関係性を結びつけている。

 

 

 

■参考文献

 

 

 

Rachel CarsonSILENT SPRINGA MARINER BOOK,
Houghton Miffin

 

 

 

Company Chapter16The Rumblings of an AvalancheP.274

 

 

 

Philip ZieglerThe Black DeathAlan Sutton
Publishing LTD. Chapter-9
London: Hygiene and
the Medieval City
P.118

 

 

 

William H. McNeillPlagues and PeoplesPenguin Books,
Chapter
1「Man the HunterP.30, Chapter2Breakthrough to
History
P.75~P.76, Chapter 6the Ecological Impact of Medical Science and Organization since1700P.217

 

 

 

Clive Pointing:A New Green History of the WorldPenguin Books, Chapter-9Disease and DeathP.218

 

 

 

J.T. Garrett and Michael Garrett:Medicine of the Cherokee(the way of Right Relationship)Bear & Company Publishing, Rochester, VERMONT, Chapter1keepers of the SecretsP21Chapter 3Physical Medicine PathP69P55~P56



 

 

 

■注

 

 

 

(1)①SARS(重症急性呼吸器症候群)は、SARSコロナウイルスを病原体とする新しい感染症

 

 

 

②メキシコや米国等で確認された新しいインフルエンザ(H1N1)を感染症法第6条第7号に規定する新型インフルエンザ等感染症。

 

 

 

(2)Rachel CarsonSILENT SPRINGA MARINER BOOK,
Houghton Miffin
 Company Chapter16The Rumblings of an Avalanchep.274

 

 

 

(3)WHO, SITUATION UPDATES, PandemicH1 N12009-2010参照

 

 

 

http://www.who.int/csr/disease/swineflu/updates/en/(20128、1)

 

 

 

(4)「細菌とウイルスの違い」http:www.meiji.co.jp/drug/isodine/wash/wash5h.html(2013, 8, 12)

 

 

 

(5)本文で取り上げている主なウイルスの種類

 

 

 

麻疹

 

 

 

麻疹ウイルスを原因とする感染症で、通称「はしか」として知られています。

 

 

 

結核

 

 

 

結核菌を原因とする感染症です。

 

 

 

ぺスト

 

 

 

ペスト菌を病原体とする感染症で、ペストは種類にも寄りますが致死率が高い病気です。

 

 

 

症状には高熱があり、感染方法により、リンパ腺が冒される「腺ペスト」、菌が血液に入り敗血症を起こす「ペスト敗血症」、 肺に菌が入り込む「肺ペスト」、皮膚が感染し膿疱が出来る「皮膚ペスト」があります。

 

 

 

このうち「ペスト敗血症」は全身に黒いあざが出来るため「黒死病」とも呼ばれます。

 

 

 

ペスト菌クマネズミなどのげっ歯類に感染する病気で、感染したネズミの血を吸ったノミを介して人間に感染します。

 

 

 

マラリア

 

 

 

マラリア原虫を原因とする感染症で、マラリア原虫を持つハマダラカ等の蚊に刺されることで感染します。

 

 

 

症状には40度近い高熱、脳マラリア(マラリア原虫が赤血球に寄生する事で脳内の血管が詰まり神経症状が起こること)、 溶血(赤血球の破壊)などが起こり、場合によっては死に至ります。

 

 

 

インフルエンザ

 

 

 

インフルエンザウイルスを原因とする感染症で、流行性感冒(流感)などとも呼ばれることがあります。

 

 

 

インフルエンザの症状には高熱、筋肉痛、頭痛、悪寒、咳、腹痛、嘔吐、下痢などがあり、合併症として肺炎やインフルエンザ脳症があります。

 

 

 

コレラ

 

 

 

コレラ菌を病原体とする感染症で、日本ではO1血清型、O139血清型を原因とするものを主にコレラとして扱っています。

 

 

 

潜伏期間は通常23日で、症状としては下痢、低体温、血行障害、血圧低下、筋肉の痙攣、極度の脱水などにより死ぬことがあります。 また、脱水症状により皮膚が乾燥し、コレラ特有の「コレラ顔貌」という顔になります。

 

 

 

致死率は治療を行わない場合、アジア型コレラで7580%、エルトール型で10%。適切な治療を行えば致死率は12%とかなり低くなります。

 

 

 

コレラに感染した場合は、極度の下痢と嘔吐による脱水を防ぐ為、電解質液(水にブドウ糖や塩化ナトリウムなどを溶解したもの)を与え、水分を補給させます。

 

 

 

コレラの感染は経口感染であるため飲食に注意し、特にコレラ感染者の排泄物や吐瀉物には注意が必要です。

 

 

 

2010年現在、7回の世界的流行(パンデミック)を起こし、日本でも江戸時代から大正時代頃まで、数度に渡って数万から数十万(資料によって数は様々)の死者を出しています。

 

 

 

Lassa fever

 

 

 

ラッサウイルス原因とする感染症で、1969年にナイジェリアのラッサ村で発生したことから病名が付けられました。

 

 

 

毎年世界で10万人以上が感染し、5000人近くが死亡しているとされています。症状には発熱、頭痛、関節痛、咽頭痛、吐血、下血、倦怠感などがあり、場合によってはショック死をしたり、後遺症として知覚神経マヒなどが発生します。

 

 

 

ラッサ熱に感染しても8割は軽症で回復しますが、2割は重症となり、12%の患者は死に至ります。

 

 

 

治療方法には抗ウイルス薬のリバビリンの注射が有効とされています。

 

 

 

Ebola hemorrhagic fever

 

 

 

エボラウイルスを病原体とする感染症で出血熱でもあります。

 

 

 

主にアフリカ中央部のスーダン、コンゴ民主共和国、ガボンなどで発生しています。

 

 

 

症状には発熱、頭痛、筋肉痛、腹痛、嘔吐、下痢などがあり、酷くなると口内、皮膚、消化器官などから出血が起こります。

 

 

 

致死率は5089%と非常に高くなっています。

 

 

 

エボラ出血熱には特効薬やワクチンなどは無く、効果的な治療法は現在確立されていません。

 

 

 

感染症・伝染病の種類一覧

 

 

 

(http://ichiranya.com/technology/017-infectious_disease.php)201291

 

 

 

(6)海外移住と血液型分布の世界地図参照

 

 

 

(http://emigration-atlas.net/society/abo-blood-type.html)(201283)

 

 

 

(7)A型は子宮がん・乳がん・糖尿病、AB型は梅毒に注意

 

 

 

(http://unkar.org/r/newsplus/1212016890201295
 
(8)ペスト、ラッサ熱などの侵入防止:ペスト患者の発生状況参照

 

 

 

(http://www.forth.go.jp/useful/infectious/name/name37.html2012910

 

 

 

(9)結核分布の世界地図参照

 

 

 

(http://whqlibdoc.who.int/publications/2011/9789241564380_eng.pdf)

 

 

 

2012915

 

 

 

(10)世界地域の年間降雨量と世界の細菌との発生地域との関連表参照

 

 

 

(http://ga.water.usgs.gov/edu/watercycleprecipitation.html2012915

 

 

 

(11)世界地域の年間降雨量と世界の細菌との発生地域との関連表参照

 

 

 

(http://www.shastacollege.edu/2012915

 

 

 

(12)ジョン・ファーンドン、「海と環境の図鑑」武舎広幸、武舎るみ(訳者)河出書房新社、「酸欠の海」P16~P17、「洪水に見舞われる世界」P42~P43、「海の酸性化」P46~P47

 

 

 

(13)「ウイルスの陰謀―40億年目の地球制覇」

 

 

 

(http://www.geocities.co.jp/Heartand/2989/virus1html)(2013,
8, 13)

 

 

 

 

 

 

 

(14)William H. McNeill:Plagues and PeoplesChapter1「Man the Hunter

 

 

 

P.30

 

 

 

(15)JEAN DE VENETTE, CHRONICLE PLAGUE READINGS from P. M. Rogers,
Aspects of Western Civilization, Prentice Hall, 2000, P.353-365.

 

 

 

The people of France and of almost the whole world were struck by a
blow other than war. For in addition to the famine
 and to the wars---pestilence and its attendant tribulations appeared
again in various parts of the world. In the month of August 1348, after
Vespers, when the sun was beginning to set, a big and very bright star appeared
above Paris, towards the west.
 It did not seem, as
stars usually do, to be very high above our hemisphere, but rather, very near.
As the sun set and night came on, this star did not seem to me or many other
friars who were watching it to move from one place. At length, when night had
come, this big star, to the amazement of all of us who were watching,
broke into many different rays, and, as it shed these rays over Paris towards
the east, totally disappeared and was completely annihilated. Whether it
was composed of airy exhalations and was finally resolved into vapor, I leave
to the decision of astronomers.

 

 

 

*上記の英文の中でアンダーラインを引いた部分は、私の大変興味がある個所です。「大きな星は、いったい何を意味しているのでしょうか?」改めて調べる必要があります。

 

 

 

前記の記事は、「The Plague in France の中でJeanVenette の記述による1348年のフランスでの情景のスケッチ。

 

 

 

(.http://www.u.arizona.edu/~afutrell/w%20civ%2002/plaguereadings.html)

 

 

 

(2012920

 

 

 

(16)Clive Pointing:「A New Green History
of the World
Chapter-9Disease and DeathP-218

 

 

 

「1918~1919年の冬期に世界的なインフルエンザがパンデミックに なり、第一次世界大戦ではアメリカ軍の80%がインフルエンザに罹ったと言われています。」(本文から著者が邦訳)

 

 

 

(17)H.G.WELLS:「The World Chaper-34Between Rome and ChinaP132

 

 

 

In the second century B.C.a great misfortune came upon the Roman and
Chinese Empires. This is a pestilence of unexampled virulence. It raged for
eleven years in China and disorganized the social framework profoundly.
The
Han dynasty fell. The infection spread through Asia to Europe. It raged
throughout the Roman Empire from A.D.164 to 180.

 

 

 

(18)「中世の衛生管理の描写」和訳

 

 

 

Philip Ziegler:The Black DeathChapter-9London: Hygiene and the Medieval CityP-118-22

 

 

 

(19)地球の現状2(earth.o-oi.net/ 2.(2013, 7, 31)
 
(20)斎藤 洋(監修)、「ニンニクの科学」、

 

 

 

朝倉書店、第1章ニンニクの歴史、P4~P5

 

 

 

(21)William H. McNeill:Plagues and PeoplesPenguin Books,
Chapter 6
   「the Ecological Impact of Medical Science and
Organization since1700

 
 P217

 

 

 

(22)ペルー原産のキャッツクローの事例参照

 

 

 

(http://www.reluck.com/genki_kirei/catsclaw.html2012920

 

 

 

(23)パウダルコ事例参照

 

 

 

(http://www.amazon-herb.com/herb/plant_taheebo.html2012920

 

 

 

(24)William H. McNeill:Plagues and PeoplesChapter2Breakthrough to HistoryP75~P76

 

 

 

(25)「アロマ&リラクゼーション」、日本看護学校協議会共済会、

 

 

 

http://www.e-kango.neti/selfcare/aroma/monthly(2013, 8, 13)

 

 

 

(26)ヘルゴンサッチャ事例

 

 

 

(www.amazon-herb.com/herb/plant_jergon_sacha.html)(2013,7,22)

 

 

 

(27) 16世紀ヨーロッパ人が入植しはじめた頃には、北米大陸の東部から南東部にかけ、ミシシッピ川流域に住んでいた。

 

 

 

18世紀のチェロキー族は、イギリスやアメリカとの間に、自分達の土地を守るための戦いの連続であった(チカマウガ戦争を参照)。1794年にアメリカ合衆国との間に休戦条約を結んだ後は、文明化の道を歩んだ。

 

 

 

彼らは、チカソー族ムスコギー部族連合、チョクトー族、セミノール族5大部族連合を結成し、白人の文明を受け入れ、白人社会の仕組み等を採り入れ、「文明化五部族」と呼ばれた。

 

 

 

1821年にはシクウォイア(セコイヤ、シクォイヤ)によってチェロキー文字が発明された。85音節文字からなる使いやすく覚えやすい文字で、すぐに習得できるため急速に普及した。彼らは白人の生活様式を好んで採り入れたため、周辺白人との混血も進むこととなった。

 

 

 

1830年代ジョージア州で起きたゴールドラッシュにより、白人が彼らの土地に乱入してきた。アンドリュー・ジャクソン大統領らは彼らを西部のインディアン準州へ強制移住させる方針を決め、武力でこれを強要した。チェロキー族らはこれに対して抵抗戦を行い、「セミノール戦争」など「インディアン戦争」を戦った。

 

 

 

1838年、アメリカ陸軍の軍事力に屈服を余儀なくされたチェロキー族をはじめ6万人の「5大部族」はミシシッピ川の西のインディアン準州(現オクラホマ州)に強制移住を余儀なくされる。この移住強制は徒歩で行われ、涙の旅路と呼ばれた。当時の記録では「墓に入るかと思える老婆でさえ、重い荷物を背負わされて歩かされていた」と記述されており、この苛烈な強制行路では、チェロキー族だけで28千人の犠牲を出した。

 

 

 

ノースカロライナ州をはじめ、東部から南東部のチェロキー族の一部は、インディアンの境遇に同情的な白人の助けを借り、また山深く隠れて強制移住を免れ、現在の東部チェロキー族(en)(人口約1万人)の祖となった。チェロキー族が表面上いなくなったジョージア州など南部の広大な土地は、後に一大綿花産地に変貌する。こうして、チェロキー族は大きく西部と東部に分断されることとなってしまった。

 

 

 

J.T. Garrett and Michael Garrett:Medicine of the Cherokee(the way of Right Relationship)INNER TRADITION BEAR COMPANY, Chapter1keepers of the SecretsP21Chapter 3Physical Medicine PathP69P55~P56
(
追加)

 

 

 

(The Message from the Cherokee)

 

 

 

EVERY PART OF THIS
EARTH IS SACRED TO OUR PEOPLE
EVERY SHINING PINE
NEEDLE, EVERY SANDY SHORE, EVERY MIST IN THE DARK WOODS, EVERY CLEARING, AND
EVERY HUMMING INSECT IS HOLY IN THE MEMORY AND EXPERIENCE OF OUR PEOPLE. THE
SAP WHICH COURSES THROUGH THE TREES CARRIES THE MEMORIES OF THE PEOPLE-------

 

 

 

(28)「哺乳類の4分の1が絶滅の危機」参照

 

 

 

(http://www.nationalgeographic.co.jp/news/news_article.php?file_id=82283301&expand#title2012918

 

 

 

(29)Mary Miller and
Karl Taube,
Ancient Mexico and The MAYA

 

 

 

THAMES AND HUDSON,P72

 

 

 



*
アンダーラインは、著者による追加

 

 

 

 

 

 

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