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Thursday, 20 September 2018

つぶやき

毎日が無意識に過ぎてゆく。これでいいのであろうか?自分が生きてきた何かをこの世に残してゆけれいいのであるが、それを探し続けて半世紀ーーーー。
別に残してゆかなくてもいいのであるが、僕自身が自意識過剰なのであろうか?どうせ死が迎えに来るのであるならば、自分が生きている間の証を後世に少しでも残して行ければ、ボクは自身うれしい。
では、何があるかと言えば何もない。これからも自分探しの旅が続くのである

多くの人々は、それを考えているのであろうが、実現させる時間がないとか、能力がないというかもしれない。それはある意味で自己逃避であり、自分の中の容量を内省しないようにしていると思われる。もし、それぞれの人が、それの実現化に向かって邁進していれば、世界は、現在のそれとは別な世界が開けたのでなかったのでないかと確信する。ある意味で、現在の文化が変わったのではないかと思われます。人間は、確実に死を迎える。それを十分意識して、現在生きている自分を内相することである。
人間の死を迎える姿は、あまりにも明快であるように思われる。父の静止した姿、母の微塵にも身動きしない姿、叔父の苦しい後に迎えた固定の姿。あまりにも単純明快な姿であった。私の病院での情景が思い出される。食堂に無気力に見える高齢者の姿が多数あった。彼らは、食堂のテーブルの椅子に腰かけ食事を置かれるのをただ待つのみの姿がそこにあった。隣との方との会話を交わすでもなく、ただ自分の前のテーブルのスペース内に頭をうずめ、そこでの空気と同化しているようであった。
 人間の生きざまがどんなに素晴らしい業績を残したとしても何なのであろうか?いやそんなことはない。むしろ、人間の生命が限られているからこそ、何かを後世の人間に残すことは、自然の流れである。
人間の寿命は、生命力の問題であり、年とは関係ない。生まれてすぐに死を迎える人もいれば、高齢でも元気な人もいる。いや、生命力のいう言葉では言い表せない何かの宿命を持ったものだと思われる。つまり、人間は一人一人がそれぞれの勤めがあるように思うのである。金持ちの金持ちでない人も公平に死が迎えに来るのである。金持ちは金持ちの勤めがあり、金持ちでない人もこの世でやるべきものがある。
また、それぞれにやるべき才能が神から(存在を信じているならば)拝受されているのであれば、それをやればいいのである。但し、その存在に気付いてる人が何人いるのであろうか。あるものに傾倒する人は、それだけで才能という器の人だと世間の人は言うかも知れない。しかしながら、たいていの場合その夢中になって何かをしているひとはそのことに気がついていないのであろう。才能とは、本人自身が後で気付くことなのでしょう。


(追記は後日に書こう)

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